QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ
例えばの話、彼女が出撃を拒否する理由が花宮だったとしたら。どういう思いで出撃を拒否しているんだろう。
長く戦火を見てきた俺にはよくわからない。いや、目を反らして分からないふりをしているだけ、なのかもしれない。
いずれにせよ、俺に彼女を救うことなんて出来ないのだということだけは確かだった。

悪意に満ちる善意

永峯が飛行師団に所属してから数か月。一向に部屋から出ようとしない彼女を流石にまずいと思ったのか、瀬戸が永峯の部屋を訪れていた。
類まれなる操縦の才能と冷静な判断力。パイロットとして必要なものを兼ね備えた、まさに完璧ともいえるパイロットである永峯をせっかく飛行師団へ移動させたのに、何の意味もなさないとはどういうことだ。
永峯に触発されて飛行師団の士気が上がることを期待したのに、士気は下がる一方。元々弱かった飛行師団がさらに弱体化するという最悪な事態が起こっている。今のままでは軍にも、そして永峯にもよくない。
花宮はこのことについてあまり深くは考えていないようだが、花宮が思う以上にこれは深刻な問題だ。空を制する国は戦争を制す。空は一番の要塞であり、またバリケードでもあるのだ。空中戦で負け続きのこの国が、今のままで戦争に勝てるとは思えない。
それを変えるために、瀬戸はわざわざ永峯を探して飛行師団へ移籍させたのだ。半年前、機体にほとんど傷をつけることなく花宮を支部へ送り届けた女パイロット。
素性など一切知らなかった。出身地も、家族構成も、あろうことか名前すら。それでも操縦スキルだけは確実だったから何とか探し出し、戦力にしようと思ったのに、だ。
彼女なら空を制することが出来ると期待したのに、その期待は裏切られた。もちろん、悪い意味で。予想していたのとは明らかに真逆な現実に、瀬戸は少なからず絶望し、そして焦っていた。

「永峯、入るよ」

鍵のかかっていないドアを開けると、慌てたように永峯が背を向けた。長い紫色の髪が飛行服を隠している。飛行服を着ているあたり、爆撃へ行こうという意思はあるらしい。爆撃へ行こうという意志すらなかったらどうしようかと心配していた瀬戸だったが、その心配はなくなった。
だが問題がなくなったわけではない。永峯に爆撃へ行く意思があっても、実際に行動へ移さなければ意味がない。行動へ移さなければ意志などないのと同じだ。
なるほど、山崎がキレたのも頷ける。何も言わず背を向けて膝を抱え込んでいる永峯に、瀬戸は口を開いた。

「なんで爆撃にいかないの? 永峯は飛行師団の一員だから、敵を倒さないと意味ないよ」
「……怖いんです、嫌、なんです。空で人を殺すのが、たまらなく怖いんです。何度参加しようと思っても、足がすくんで、吐き気と眩暈が止まらなくなるんです」
「……」
「瀬戸大尉には変な奴だと思われるかもしれませんが、私は、空を汚したくないんです。ただ、空を守りたいだけ、なんです。でも空を守るには人を殺さないといけなくて、もう、何が何だか分からなくなてきて……」

そう紡いだ永峯の声は震えていた。その後にポタポタと何かが落ちる小さな音がした。見てみれば永峯の飛行服にいくつも丸いシミができていた。
……花宮がこれを見たら大目玉を食らうかもしれない。瀬戸は苦虫を噛み潰したような顔をした。
花宮は昔から永峯のことになるとひどく敏感で神経質であった。本人はもう忘れているであろうことだが、瀬戸は鮮明に覚えていた。上げ出せばきりがないため細かく思い出しはしないが、厄介なことになるということは身に染みて分かっていた。
永峯を泣かせてしまったことがばれなければ問題ないが、おそらくそれは無理だろう。瀬戸は小さくため息をついて、肩を震わせて嗚咽を漏らす永峯を見下ろした。
永峯が怖いといって泣く理由は、死に対する恐怖ではなく、空を汚すことへの恐怖。つくづく変なパイロットだ。死より空を汚すことを恐れるなんて。
……昔から、自分を顧みない人間ではあった。瀬戸は幼いころを思い出して何とも言えない気分になった。戦時中になってもそれが変わらないなんて。瀬戸には理解ができなかった。空に固執する永峯と、そんな彼女に執着する花宮が。

「永峯、一つだけ言っておくけど、汚すことも守ることの一環だよ」
「……え?」
「空中戦で負けて領空権を奪われれば、空は永峯のものじゃなくなる。それを阻止するために、飛行師団は敵機を堕とすんだよ。俺達は人殺しがしたいんじゃなくて、手段がそれしかないだけ」
「守るために、堕とす……」
「永峯が爆撃に参加するもしないも俺は知ったことじゃない。でも、永峯が空で戦わないことが空を守ることに繋がらないってことだけは覚えておいてね」

他力本願では何も守れやしない。吐き捨てるように言った言葉は永峯へ言ったのか、はたまた自分へ言ったのか。瀬戸はその真の言葉の方向には気付かないふりをして部屋を後にしたのだった。
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