QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ
拒め、拒め。
俺の中でそんな声が聞こえた。俺は永峯を拒むべきだった。
それでも、心がそれに抗って結局は拒めずに結局は拒めなくて。
俺の口は勝手に歓迎するよと動いていた。俺は、いつまでたっても意志が弱いままだ。

皮肉めいたメタファー

永峯を歓迎すると言った以上、彼女にはどこかに所属してもらわなければならない。所属してもらわなければならないといいつつも、最初からどこに所属させるかなんて決まってるようなものだが。
瀬戸に山崎を呼びに行かせて、司令室で永峯と二人きりになる花宮。永峯は彼に端から興味がないのか、窓の外を――正確に言えば空を飽きもせずに眺めている。
花宮と話したくないのか、ただ単純に空が見たいだけなのか。どちらだったとしても、花宮と関係を結ぶ気がないようだ。あからさまな態度にはさすがの花宮も少し傷付いた。戦争に身を投じてはいるが、その前に列記とした人間なのだから当たり前といえば当たり前だ。彼が人道的な人間かと問われると答えにくいが。

「おい」
「……なんでしょうか」
「寒いだろ、体冷えるから窓閉めとけ。空を見たいならそこにいていい」
「……分かりました」

どこかぎこちない会話。あの日のように生き生きした会話に発展する気配が全くない。
永峯は瀬戸が無理矢理ここに連れてきたも同然なのだから仕方がないといえば仕方がない。花宮が徴兵したわけではないが、徴収されたのだと思われても無理はないかもしれない。自分の本心とは真逆に解釈をされているだろうと思い、花宮の口からは重い重いため息がこぼれた。
立て付けの悪い窓が閉まる音がして、また部屋に沈黙が下りる。花宮は書類を、永峯は空を。お互いに違うものを見つめ、違う作業をこなす。普通のことのはずなのに、何か違和感があってなかなか作業が進まない。イライラする、というか、もどかしいというか。
よく分からない、形容しがたい感覚の中で作業をする花宮とは打って変わって、何の表情も浮かばない顔でただ空を見上げ眺める永峯。
どうして、そんな顔をするんだろう。そんなに軍に所属するのが嫌なら、今ここを走って出て行けばいい。走って出て行ったとしても、花宮に止める気はこれっぽっちもない。
空が好きだということも、空で人を殺したくないということも知っている。だからこそ、ここにはいてほしくないと願うのだ。
ここにおいておいたら永峯から自由を奪うことになる。彼女に空で人を殺すことを強要することになる。花宮はそんなことをしたいわけではないのだから。
彼女のことを思って今まで物資輸送をさせてきたというのに、なぜ自分から死にに来るのだろう。殺されに、来るのだろう。
ただただ永峯の思考が分からない。ここにくれば最後、終戦を迎えるか死ぬまで離れられないということを知ってるはずなのにわざわざどうして。
花宮の手の中でぐしゃりと書類に皺が寄った。だが、そんなことは気にしていられない。今彼が一番に考えなければいけないことは、永峯をいかに戦場に出さないかだった。

「花宮、つれてきたぞ。……なんだ、この距離感は」
「何でもねえよ。永峯、あのオレンジの髪の目つき悪い奴が、今日からお前が所属する飛行師団第一師団の山崎弘中将だ。まあザキとでも呼べばいい」
「オイ花宮! テメェ何言ってんだ! 大佐だからって調子乗んなよ!?
……はあ。さっき花宮の紹介にあったとおり、飛行師団第一師団師団長の山崎弘だ」
「永峯柚希です。山崎さん、よろしくお願いします」
「ああ、一応言っとくけど俺は大尉の瀬戸健太郎。主に花宮の補佐だからここにいることが多いかな。何か困ったことがあれば来るといいよ」
「大佐で司令の花宮真……ってもう知ってるな。半年前にも自己紹介したし」
「はい、覚えています。瀬戸大尉、よろしくお願いします」

山崎と健太郎にペコリと頭を下げた永峯。花宮の名前を口に出さないところからして嫌っているのが目に見える。露骨すぎてこれはいささか問題なレベルではなかろうか。好き嫌いは置いておいて花宮は一応司令だ、形だけでも取り繕うべきではないだろうか。
そう思いつつも、花宮は逆によかったかもしれないと思った。嫌われているほうが、やりやすいことだってある。例えば、ここから逃がしてやることなんかがそうだろう。
花宮は山崎に本部内を説明してやれと言い、永峯と二人、司令室を出させた。これ以上永峯はここにいたくないだろうし、本部の勝手にも慣れてもらわなければならない。ここから逃がすにしても、しばらくの間はここで生活してもらわなければならないのだから。

「やけに嬉しそうだね、花宮」
「は? とうとう目イカれたか? 嬉しくもなんともねえよ」
「お前が前に言っていた空を愛するパイロット、ね。お前の希望になりそうだね」
「……何言ってんだ、健太郎。今日のお前おかしいぞ」
「そう? なんにせよ、お前の表情が明るくなったのはいいことだと思うけど」

――花嫁、か。めでたいね、戦争中に。
茶化すように言った瀬戸を一発殴って、花宮は頭を抱えた。不可抗力とはいえ、永峯に残酷なことを強いることになった。自由を奪うことになった。
花宮は永峯に命を運んでもらった。だというのに花宮は何を返せるのだろう。考えてから花宮は瞳を伏せた。
彼には、奪うことしかできない。軍という枷をつけて、戦場に縛り付けておくしかできない。
それが永峯のためにならないことなど、とっくに分かっている。分かっているくせに、花宮はそれを実行に移してしまった。
恩をあだで返すというのは、まさにこういうことなのだろう。花宮は自分へ呆れた笑みを向けながら、そんなことを思った。
何が花嫁だ。皮肉めいた瀬戸の言葉には舌打ちしか漏れなかったが、花嫁という二文字に少し高揚した自分の胸にはやっぱり呆れしか覚えなかった。
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