QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ
純粋な視線が、声が、怖かった。
どうして怖いのかその理由は全く分からないが、瞬間的に感じたのは恐怖で。
俺はどうしてこんな奴を怖がっているんだろう。そう悩んだが、答えなんかでるはずもなく。
俺の問いはただただ青い空に消えた。

消えるライトブルーの海

そういえば。花宮は司令室の窓からぼんやりと空を見上げているときに思い出した。
あのパイロットは元気にしているだろうか。今の今まで忘れていた、変わったパイロット。彼女は、今どうしているだろう。
彼がそのパイロットと出会ったのは、ちょうど半年ほど前のことだった。
支部から至急来て欲しいという要請がかかり、花宮は支部へ向かうことになった。このご時勢だ、どこに敵機が待機しているか分からない。こちら側の飛行機が飛んでいれば、物資輸送機だろうが戦闘機だろうが撃ち落とされるのは目に見えている。
しかも、乗っているのが司令となればなおさらの話だ。当時内通者が軍に紛れ込んでいたため、こちらの動きは相手に筒抜けだった。その日も例に漏れずその内通者からの情報で敵機が近くの空に待機していた。
こちらの軍は、高射師団や歩兵旅団に関しては申し分ない強さだった。だが、その分飛行師団には有能なパイロットがおらず、敵国に遅れをとるような有様。
とてもじゃないが、花宮を乗せて支部まで飛ぶなんてことは無理だった。そこで軍部が目をつけたのが物資輸送機を操縦していた彼女だったのだ。
敵機に遭遇しても決して撃たれることなく物資を輸送していたソイツはうってつけの人材で。女パイロットがいる飛行場の場所を聞き、花宮はそこへ向かった。
そこで待っていたのは、地味な飛行服に身を包んだ少女と形容するのが正しいような女だった。小柄な体に、背中の真ん中まで伸ばされた深い紫の髪。飛行帽とゴーグルでよく顔は見えない。花宮が念のために戦闘機の操縦回数を聞けば数回だという。
無名のパイロットであった彼女に、彼は命を預けることが正直不安だった。今まで落とされなかったとしても、今回落とされないとは限らない。今まで墜落しなかったのは単なる運なのかもしれないのだ。安全だと言い切れない飛行に命をかける博打は打ちたいと言う人間などいないだろう。
だが、彼女はそんな花宮の胸中を見抜いてか、笑ってこういったのだ。

「この飛行機は落ちませんよ」

彼女のそのやけに自信ありげな言葉は現実になった。いや、正しくは落とさせなかった、か。
上空を飛び始めて数十分。突然爆撃が始まり、数発が機体を掠めた。だが彼女は焦ることなく急に高度を上げ、雲の中へ隠れた。確かに雲はいい隠れ蓑になるが、進行方向に敵機がいれば一巻の終わりだ。
なんて策に出るんだ、こいつは。軍の司令を乗せておきながら大博打を打つなんて。非難の言葉が喉までせり上がり、口を開けば言葉が出る。
花宮が口を開こうと思った時、機体は急降下をはじめ、低空飛行を始めた。周りを何度か見てみたが、敵機はもう追ってきてはいなかった。
雲の中にいると思わせて振り切ったらしい。雲に突っ込むという暴挙に出たかと思いきや、なかなか考えている。それでも、敵機を撃たなかったことはただただ不思議だった。

「どうして撃たなかったのかな、相手は潰せるうちに潰しておいたほうが後々……」
「私、空が好きなんです。戦争をしていても、空で人を殺したくないんです。空は無実ですから」

真っ直ぐ前を向いた目は、無限続く青を見据えていた。純粋で穢れのないその顔は花宮にはまぶしすぎて、そっと視線を外した。こんなにも汚れてしまった人間が見ていい人間ではない。卑下したような、自嘲したような言葉が花宮の頭の中にはあった。
無事支部に着いた彼は、支部のお偉いさんにせかされ彼女に何かを言う間もなく建物の中へ押し込まれた。ちらりと視界の端に見えた彼女は花宮に敬礼をし、いたずらっ子のような表情をしていた。その表情を見たのは一瞬だったが、ひどく印象に残って、花宮はしばらくの間ぼんやりとしていた。そんな、出会いだった。
ああ、せめて名前だけでも聞いておけばよかった、と今になって心底後悔するが、もう過ぎてしまったことだ。どうして名前を聞いておかなかったのか。困ったときには軍に引っ張ることができたかも知れないのに、もったいないことをした。花宮は心底そう思った。
あの日から彼女は彼の中から消えない。どれだけ忙しかろうと、辛かろうと、花宮の中に存在し続ける。戦争中であるにも関わらず、空を愛し続ける少女。その瞳の輝きが美しく、羨ましく、そして怖かった。

「……何現実逃避してんだか。さっさと仕事、片付けねえと」
「花宮、今いいか」
「なんだ、瀬戸。今いそがし、い……」

花宮が山積みになった紙の束から顔を上げると、そこには瀬戸と一人の少女がいた。長い紫の髪と、瀬戸の横に立ったために更に小柄に見える体。飛行帽とゴーグルをつけていない彼女の顔は、それなりに綺麗な方だった。
見覚えのある姿に花宮の目が見開かれる。どうして、彼女がここにいるんだ。名前も階級も、所属する基地さえ知らない。そんな彼女がどうしてここに。
花宮の驚愕など知らない彼女は少し不機嫌そうな顔を彼へ向けている。その表情に花宮の眉が少し下がった。
そんな顔をさせたいのではない。花宮が憧れ、同時に恐怖を抱いた少女は出会った日とは全く異なった顔をしていた。
確かに困ったときは引き抜こうと思った。飛行師団を強化するには彼女の操縦スキルが必要だ。
だが、本当に実行に移す気などさらさらなかった。彼女を戦闘機に乗せてしまえば、空で人殺しをさせることになる。眩しかったあの表情を、ここではさせてやることが出来ない。だから、花宮はあえて彼女を引き抜かなかった。
それなのに、どうしてここにいるんだ。震える声で何とか紡げたのはこんな言葉だった。

「健太郎、どういうことだ」
「どういうことって、有能なパイロットをスカウトしに行っただけだよ」
「……なんで、ソイツなんだよ。ソイツは……」
「永峯柚希。覚えてないわけじゃないよね? お前を支部まで運んだ、あのパイロット」
「分かってる、んなこと! だからこそ、俺は……!」
「永峯柚希です。飛行師団に所属させていただくことになりました。よろしく、お願いします」

貼り付けたような笑みで言われたその言葉が、花宮の胸にぐさりと突き刺さる。真っ直ぐな、でもあの日とは違う冷え切って無感情な瞳がぐさりと刺さる。
違う、俺じゃない、俺が、ここに引っ張ってきたんじゃない。
傍に置けたら。そんなことを思うのがおこがましいことだということぐらい、花宮は理解していた。花宮は汚れきってしまっていた。永峯を傍に置く資格など、自分にはない。花宮はそう思っていた。
だがそう思いつつも、永峯が軍にいることを喜んでいる彼がいる。矛盾する自分の心に自嘲した。ああ、やっぱり俺はどうしようもねえな。
小さくため息をつき、自分を戒めるかのようにつぶやく。もう、ここまで汚れてしまったのだ。後には、戻れない、と。
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テーマ「人外ファンタジー」
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