QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ

戦争ってのは恐ろしいものだ。純粋で優しい人間をことごとく作り替えてしまう。暖かかった笑顔が次第に消え、代わりに氷みたいに冷たくて鋭い目で前だけを、国の未来だけを見つめて笑うような人間を無限に作り出す。
旧友がそうなっていくたびに、俺の心はギシギシと不穏な音を立てて少しずつ、それでも確かに壊れていく。
俺ももう少ししたら、アイツ等みたいに壊れるのかもな。そう思っていた時に出会ったのが寂しそうな目をしたひとりの女パイロットだった。
頼むから、コイツだけは壊れないでくれ。俺から離れていかないでくれ。そんな風にいつもの俺らしくなくただただ祈った。コイツだけは、壊れて欲しくなかったんだ。どこまでも真っ直ぐで、優しい人、だったから。


ブリキの心臓の鼓動

どれくらいぼんやりしていたのか。明確な時間はわからない。はっと我に返って甲板へ出てみれば、もうだいぶ日が落ちて空に橙色がゆっくりと滲んできていた。
あとは本部に帰るだけだが、やることはたくさんあったのに。実渕が気を回してくれたのか、誰も永峯を呼びに来たりはしなかった。本部に戻ったら山崎にまた何か言われるかもしれない。それを思うと気分が重くなる。彼が嫌いなわけではないが、反りが合わないというかなんというか。少し永峯を気にしすぎているのが悪いのかもしれないが、本人にその自覚はおそらくない。無自覚なのが一番厄介だ。
いつ死んでもおかしくないのだから、そこまで気にかける必要はないのに。気にかければかけるだけ、未帰還になったとき辛いんだから。
永峯はふとそんなことを思っていることに気がついて嫌気がさした。自分が死ぬかもしれない。そんなことを簡単に考えてはいけない。考えれば考え雨だけ、現実が思考に寄ってくるというのに。
死ぬ気はないのに、死ぬことを考える。この矛盾めいた無自覚の行動にぐらぐらと頭が揺れたような気がした。
生きることは誰かを殺すことだ。自分が死ぬということは、誰かが生きるということ。戦争においてそれは当たり前の事だった。いつでも死が目の前に、隣に、後ろにある。それをわかっているつもりで、永峯は全く理解していなかった。それを今日、突きつけられた。
彼女が敵機を撃ち落としたとき、感じたのは確かに罪悪感だった。だがその裏で感じたのは安堵。ただただそれだけだったのだ。
死ななかったことに対する大きな安堵。その表面を覆い尽くす罪悪感より大きいそれは。今もなお永峯の中で成長し続けている。あの時撃ち落とされなくてよかった。死ななくてよかった。空母に着けてよかった。数え始めればキリがない。
麻痺していく感覚、感情が何歩も前を歩いていて、永峯の心はおいていかれ始めていた。追いつける距離なのか、手の届く距離なのか。今の段階ではわからない。それでも、自分が屍の上で生きているということを自覚した時から永峯の精神は確実に崩壊し始めていた。

「いつまで私は私でいられるんだろう……」
「なにこんなところで独り言言ってるんだ? ここ、冷えるだろ? 中に入ったほうがいいぞ」
「……え?」
「驚かせたか? ならごめんな。俺は整備士の木吉鉄平。ちょっと息抜きしに来たんだ。永峯柚希、だよな? 花宮に話は聞いてる、凄腕のパイロットだって。そんな永峯がいるなら、飛行師団も大丈夫そうだな!」

――空母じゃ永峯の話題で持ちっきりだぞ、なんでも敵国の優秀なパイロットを落としたそうじゃないか。
木吉の言葉に、永峯の顔が曇った。敵機を撃ち落とす瞬間が、指に伝わる感覚が、永峯しか知りえないあのパイロットの最期の表情が。一気にフラッシュバックしてきてズキズキと頭が痛み、吐き気がこみ上げてきた。
どれだけあがこうとも、逃げられないのだ。引き返せもしない。もう、汚れてしまったのだから。人を、機体を、殺めてしまったのだから。
なにも答えない永峯を不思議に思ったのか、木吉が彼女の顔を覗き込んだ。その瞳は心配そうで。ああ、空母に乗っている人は優しい人ばかりなんだ。そう思うと永峯はどうしようもなく泣きたくなった。
その優しさが永峯を追い詰める。彼らは無意識の優しさを永峯へ向ける。自覚がない優しさというのはタチが悪い。自覚がないためにどんどん永峯を追い詰めていくのだ。

「怖いか?」
「怖、い……?」
「ああ。何かにきっと永峯は怖がってる。でも怖がることはない、永峯なら大丈夫だ。機体を見て直ぐにわかったよ。この機体のパイロットはまっすぐで、優しくて、誰よりも空が好きなんだって。永峯は良くも悪くも純粋すぎるんだ。だから些細なことに恐怖を抱くんだと思う」

木吉はそう言ってから、永峯の頭をぐしゃぐしゃと撫でた。暖かく、大きな手。まるで大丈夫だというように何度も何度も撫でる。永峯はただ、木吉の顔を見上げて、彼の顔を見つめることしかできなかった。
木吉の顔には笑顔が浮かんでいる。暖かな春の日のような細められた瞳。実渕とは違い、木吉は永峯越しに花宮を見ておらず、永峯柚希というひとりの人間を見ていた。
そのことが嬉しいやら恥ずかしいやら、少し怖いやら。知らず知らずのうちに永峯の瞳からは大粒の涙がこぼれ落ちていた。いきなり泣き出した永峯に木吉はどうしていいかわからずオロオロするだけ。
泣き止みたくともゆるくなった永峯の涙腺はなかなか涙を止めてくれない。誰が涙腺をこんなにしたのか。そんなことを頭の隅で思いながら、永峯はただただ涙を流し続けていた。
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