QLOOKアクセス解析戦火の花嫁 | ナノ

揺れる瞳は、彼女の顔に影を落としていて、見ていてあまり綺麗なものではなかった。何を悩んでいるのか、何を迷っているのかわからない。アタシが解決してあげることはできないから。
早くこの影が取れればいいのに。そうしたらきっとまこちゃんも笑うだろうし、この戦争だっていい方向に進むに違いない。
アタシはそうやって、現状から目を背けることしかできない。こうでもしないと、麻痺してしまいそうだったから。


透かした万華鏡に嗤う


彼――実渕によると、傷はそう深くないらしい。爆撃されたにしては運が良かったのかもしれない。怪我をした場所が場所だったために血が多く出たのだろう。血で固まった髪を解しながら、実渕は言う。

「顔の傷はすぐ治ると思うけど、ガーゼの貼替えはするのよ?」
「はい、分かりました」
「……ねえ、柚希ちゃん。悩んでるんでしょう?」
「……え……? どうして、私の名前を……」
「知ってるわよ、まこちゃんが探してたパイロットですもの。アタシにも探せって、大尉の、えっと瀬戸くん、だっけ? 彼が命令しに来たもの。空母にいるのに無理な話よね」
「えっと、まこちゃんって、花宮司令のことですか……?」
「そうよ。アタシとまこちゃんは同い年でね。ちょっとした繋がりがあるのよ。戦争が始まるまでは学生だったから、たまに会ってたりしたの」

笑う実渕に、永峯は驚きでなにも言えなかった。まさか花宮と実渕が同い年だったとは思わなかったのだ。その上知り合いだったとは。案外世界は狭いのかもしれない。あっけらかんと言われた言葉の衝撃は大きく、彼女はただただそんなことを思うだけだった。
戦争が始まるまでは学生だった。花宮と実渕が同い年なのだから、花宮も当然学生だったはず。司令にしては若すぎるように思ったが、そういうわけだったのか。合点がいった。
あれだけ若いのにも関わらず、大佐に任命されているということは、花宮は財閥の生まれか何かなのだろうか。そうでなければあの若さで司令の座にはつけないだろう。花宮が自分とは遠くかけ離れた存在であることを再確認して、永峯はただ俯くことしかできなかった。身分も、生まれも、考え方も。きっと全て真逆。それなのになぜ、彼はわざわざ永峯を探したのだろう。
あの、どうして花宮司令は。永峯がそこまで口に出したところで、実渕の指が唇に当てられその先を封じた。彼の顔を見ても、首を横に振られるだけで答えがその口から出ることはなかった。実渕の顔に浮かぶ変わらない美しい顔がどこか悲しく歪んで見える。
――アタシの口から言えることではないの。ごめんなさいね。
申し訳なさそうに紡がれた言葉。その言葉に永峯はとんでもないというように首を横に振った。実渕が申し訳なさそうな表情をする理由はない。永峯が余計なことを聞き、踏み込んではいけないところに踏み込んだのが悪かったのだ。新人パイロットがでしゃばりすぎただけ。新人パイロットごときが詮索すべきではなかった。
永峯の反応を見た実渕が唇から指を離した。唇から離した手で永峯の頬の傷を隠すガーゼをするりと一撫でして、すっと目を細めた。細められた目は春の木漏れ日のように暖かい。すこしむず痒い視線に永峯が視線を逸らす。彼女の目に入るのは薄汚れた壁や、中途半端に切られ乱雑に投げられた包帯だった。

「なんとなく、まこちゃんがあなたを探し回った理由が分かった気がするわ。真っ直ぐで綺麗な目をしているのね。少し揺らいでるけど、きっと大丈夫よ。柚希ちゃんは自分の思うことをすればいいの。まこちゃんが選んだパイロットですもの。柚希ちゃんは間違わないわ」

優しくも、確信しているかのような言葉。実渕は永峯を通して花宮を見ていた。実渕にこれまで信頼されている花宮という人物が、永峯にはよくわからなかった。支部に送り届けた花宮とも、今本部にいる花宮ともかけ離れているように思えたのだ。
やはり、花宮は遠い存在なのか。改めて思うと、なぜだか胸が苦しく、悲しくなった。司令とパイロットが遠く離れた存在だということはわかりきっているのに。
実渕の言葉にどう返せばいいのかわからず黙り込んでしまった永峯に、実渕は小さく笑ってから医務室を後にした。ドアは開けっ放しでいいからね。その声がぼんやりと永峯の頭の中に響いた。
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