QLOOKアクセス解析If I were you, | ナノ
訓練が終わった後、ジャンは一人去っていくエレルアの背を見ていた。長い三つ編みが歩くたびに左右に揺れている。それを見ていると無性に泣きたくなって仕方がなかった。
なんで、今更。何度問いただそうと思っただろう。きっと数えきれないほどそう思ったが、口には出さなかった。……否、出せなかった。
今問うたところで、答えなど返ってこない。それはなんとなく分かっていた。

「……なんで、うまくいかねえんだろうな」

ジャンはそうつぶやいて、不器用に笑った。本人はうまく笑ったつもりだろうが、隣にいたマルコにはそう映っていない。ジャンの顔に浮かんでいたのは、無理矢理浮かべたのだとすぐに分かる痛々しい笑顔だった。
エレルア・ハッテンブルクは泣き虫でジャンがいないと何もできない少女だった。少なくともジャンの中ではそうだし、それが事実だ。再開を果たした今でもそれは変わらない。変わるはずがない。
パンがうまく焼けなかったからといっては泣き、気に入っていたワンピースが敗れたからといっては泣く。エレルアがジャンのところへ来るときは大抵泣いていた。それもジャンからしたらくだらないことで。
それに呆れたことがないといえば嘘になる。だがジャンはその度にエレルアの涙を拭いて泣き止ませていた。それが彼にとっては当たり前のことになっていたのだ。
それが崩れたのがあの日。ウォール・マリアが崩壊したあの日だ。一瞬手が離れただけだった。一瞬だったのに、それが取り返しのつかない過ちになってしまった。
思い出すだけで吐き気がするし、頭痛もする。巨人によって壁が破壊されたことより、エレルアの手を繋いでいられなかったことの方がジャンにとってはトラウマになっていた。
仕方がないのかもしれない。そう言われればそうだ。大人が逃げ惑う中、子供がどれだけ固く手を繋いでいても大人の勢いに飲まれればひとたまりもない。
それは分かっている。それでも、悔やむことを、自分を責めることをやめられない。あの日手を離していなければ、違った今があっただろうに。

「ジャン、今日はうまくパンが焼けたよ。一緒に食べよう?」

エレルアが笑って、とりとめのないことで一喜一憂する今があったかもしれない。それを守れなかったのはほかのだれでもない自分だ。
恨んでも恨み切れない自分。そして、忘れたくても忘れられない過去。その二つに苦しめられても、それでも。ジャンはあきらめられないでいた。
あきらめてしまえば確実に楽になれた。見たくないものから目を反らして、知らんぷりを決め込めばエレルアの姿を見て苦しむこともなかっただろう。
でも、それではいけない。それでは何の意味もない。逃げてしまいたいからこそ、向き合わなければいけないのだ。でなければ一向にこの現実を変えられない。
エレルアがもう自分の助けを必要としていなくても。逆に、自分が助けられ、守られたとしても。それでもエレルアを守れるだけの実力をつけて、今度こそエレルアを守ることが出来る男にならなければ。
それが今ジャンに出来る全てであり、帰ってきたエレルアを迎えることだった。エレルアは別人のようだが、それでもジャンにとっては大切な幼馴染みの少女であることに変わりはないのだ。
だから。もう少しだけ待っててくれ。ジャンは傷だらけになった掌を握ってつぶやいた。この傷が消えて、ちゃんとエレルアの前で笑えるようになったら。その時はまた、くだらないことで笑いあえるようになっているだろう。
遠くない未来を思ってジャンは笑った。痛々しくない、少し照れたようなそんな優しい顔で。


―――
ユキさんのリクエストで「昔を振り返りつつ前を向くジャン」でした。
リクエストをいただいてから時間がかかってしまって申し訳ありません……!
受験やら色々あってなかなか時間が取れず、こんなに遅くなってしまいました……。
その上ちゃんとリクエスト内容に添えているか微妙な内容ですいません……。
何かございましたらお気軽におっしゃってください! すぐに修正します……!
このたびはリクエスト本当にありがとうございました!
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テーマ「人外ファンタジー」
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