QLOOKアクセス解析ハロー、CQ。 | ナノ

04

 また手紙が来ていた。気まぐれに書いた返事はなく、薄桃色の封筒だけがポストの中にあった。心なしかいつもより荒くポストに入れられたようだ。封筒の角が少しつぶれていた。
 封筒から手紙を取り出して、二つ折りにされた手紙を開く。手紙のほうも急いで書いたのか、今までに比べると少し雑で荒っぽい文字が並んでいた。
 俺から返事が来ないと思っていたんだろうか。荒っぽい文字ということは、俺の返事を読んでからこの手紙を書いたのだろう。
 わざわざ俺の返事を読んでから手紙を書き直すなんて。きっとポストに入れる手紙を用意していただろうに、それを入れずに返事を書くなんて。
 いつの間にか俺の顔には小さな笑みが浮かんでいた。嬉しかった、といえばいいんだろうか。自分の感情なのによく分からない。嬉しさなんてここ数十年、感じることなんてなかったんだから。
 長雨がやんだら夏、か。そうか、もうそんな季節になるのか。森の奥に一人でいると、どうしても季節に疎くなる。周りに俺以外に誰もいやしないんだから仕方ないといえば仕方ないことだが。
 そういえば、時折雲間から覗く太陽がいつもよりぎらついていたことを思い出す。夏が近くなっているからあんなにぎらついていたのか。もう少ししたら半袖のシャツを出さないと。いつまでも長袖を着ているわけにはいかない。熱中症になったら誰にも治療してもらえずに、ただ一人死ぬだけなんだから。そんな惨めな最期、あってたまるか。
 手紙を机の上に置き、返事を書くために便箋と羽ペンを引き出しの中から取ってくる。定期的に手紙を書くんだから、机の上に出していてもいいかもしれない。そんなことを考えながら椅子に腰を下ろす。今日はどんなことを書こうか。夏に関しての返事がいいだろうか。それとも、この長雨に関して?
 返事に書くことを考えていると、無意識のうちに口角が上がっていた。楽しい、かもしれない。こうして短い言葉を交換し合うのは。久々だった、手紙を媒介としてはいるが誰かと言葉を交わすのは。
 インクに浸していない羽ペンを弄りながら手紙にもう一度目を通していると、泳いでみたいという一文が気になった。
 手紙の差出人は泳いだことがないのか。体が弱いんだろうか。それとも、単に泳げないだけなんだろうか。その辺のことはよく分からない。俺はこの手紙の差出人に会ったことがないんだ。知っていたら化け物だ。化け物であることは昔からだけど。
 まあ俺のことは置いておいて、だ。もし手紙の差出人が本当に泳いでみたいなら、ここからもう少し奥へ行ったところに滝つぼがある。そこなら泳げないこともない。手紙の差出人が俺を怖がらないのなら、そこへ案内してやってもいいかもしれない。
 そんなことを思ってから自嘲した。俺を怖がらない人間なんて、いるわけないのにな。目が合えばそれだけで死ぬんだと思い込んでいるんだから、俺と会おうなんて思う人間なんているはずない。
 分かってるんだ、俺が異端だってことぐらい。他でもない俺が一番分かってる。異端だから、存在してはいけないから、こんなところに追いやられて独りなんだ。
 馬鹿だな、町の人間も俺も。今になって俺に歩み寄ってきて、俺もそれに歩み寄ろうとして。どう頑張ったって、あがいたって、あいつらの根底にあるのは俺に対する畏怖であり、恐怖であり、差別なのに。
 それと同じように俺も町の人間を見下し、愚かだと呆れている。そんな俺達が歩み寄れるはずがない。
 インクの中に入れた羽ペンをつまみ上げ、余分なインクを落とす。どう返事をしよう。町の人間を嫌っているのは事実だ。でも、この手紙の差出人にだけは嫌悪感やそういった負の感情は抱いていない。
 我ながら矛盾していると思う。この手紙を書いているのも人間なのにな。最初の手紙を書いたときのように微かに震える羽ペンで、俺はゆっくり文字を紡いだ。

『ハロー、CQ。もうそんな季節が来るんですね。もし良かったら、森の奥に泳げる場所があるので案内します。いい返事を待っています。』

 いい返事を待っています。その後に俺が怖くないんですかと書きそうになった。でもそれは何とかおさえて、羽ペンをインクのビンの中へ入れた。
 わざわざ自分が怖くないのかと確認しなくてもいい。俺がどんな存在であるか、手紙の差出人は知っているはずだ。
 だから。わざわざ俺を怖いと思っているという返事が返ってくるであろうことを書く必要なんかない。ただその事実から目を背けたかった。
 今更虐げられることに恐怖するなんて。今更怖がられていることを知るのが怖いだなんて。
 遅すぎる感情をどうすることも出来ず、ごまかすかのようにコーヒーをすすった。晴れていたはずの空からは、また大きな水滴が落ちてきていた。

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