01
雨の降る日のことだった。見慣れた政府の封筒以外が届いたのは。
政府からの手紙の内容はいつもと同じだろう。雨に混じる火薬のにおい。この国はまだくだらない戦争を続けているようだ。
どうせ参戦しろという手紙だ、読む価値なんてない。封筒ごとぐしゃりと握りつぶして、ゴミ箱へ投げ入れた。
手元に残ったのは、薄桃色の封筒。差出人の名前も住所も、この家の住所すらない。直接投函されたらしいそれに、俺の眉間に皺が寄った。誰がいつ入れたんだろう。昨日は何も入っていなかったのに。
俺が住むのは暗い森の奥の奥。人間に迫害され追いやられたこの森に、近付く人間などいないはず。
森に入ると死神に殺される。そんな風に言って、俺を、この森を遠ざけている連中が、手紙なんか出すはずがない。手紙なんか出そうものなら、俺はあいつらの頭がいかれたものだと判断する。そう即座に判断できるほど、俺はあいつらにひどい扱いを受けた。
俺への迫害は、理不尽と形容する以外に言葉が見つからない。あいつらが俺を迫害したのは、俺の身に宿るとある能力のせいだった。
俺の能力は、人と目を合わせることで発動する。俺と目を合わせた人間の命を奪う。それが俺が生まれたときから身に宿していた、忌々しい厄介な能力だ。
人間は俺の目を「死神の目」と呼んだ。随分と安直なネーミングだと思う。だがその安直なネーミングが能力の本質を一番表しているのだから、皮肉以外のなんでもない。
俺は一つ聞きたい。いつ俺が人間を殺したというんだ。確かに、俺のこの能力は人間に怖がられてしまっても仕方のない能力だ。
だが、俺は一度も意図的に能力を使ったことはない。いくら目を合わせれば命を奪えるといっても、俺にその意思がなければ目を合わせたところで人間は死にやしないのだ。
この能力が危ないものだと、幼い頃から俺は理解している。使い方を誤れば、人類を――……いや、この世界全ての生物を殺してしまう。俺の能力は存在してはいけない。何があっても使ってはいけない能力だ。
それが分かっていたから、俺は幼いときからここで生活するようになった。そして、目を「死神の目」と呼ばれていると知ってからは、度のきつい眼鏡をかけるようになった。
度のきつい眼鏡をかければ、誰とも目を合わせなくてすむ。レンズ一枚の壁で、俺は人間と自分とを隔てた。俺が死んでも、あいつらと分かり合えることなんてない。俺が異端あり続ける限り、永遠に迫害され続けるのだから。
俺を取り巻く世界は理不尽だ。どれだけ俺が危害を加えないように努力しても、あいつらはそれを認めようとしない。だから、レンズで隔てられた世界は、いつも俺に残酷だ。それは何年たっても変わらない。
そうやって俺を拒絶する世界から届いた手紙。ここで生活するようになってもう十数年が経つ。今更になって俺に文句を届けに来たのか?
ご苦労なことだ。わざわざ手紙を書き、入れば殺されるという森の奥へ足を運んだ。それも手紙を届けるというくだらない目的のためだけに。
はは、笑えるね。そんなに死にたいならいつでも殺してやるのに。まあ俺の知らない間に手紙をポストに入れているような奴だ。俺を怖がっているような奴なんだから、死にたくとも俺の前に姿を現すことなんて出来ないだろうけど。
さあ、この手紙には何が書いてあるんだろう。内容によっては町へ行って、手紙の主を見つけて殺してやる。そんなことを思いながら封筒の端を鋏で切り、中の手紙を取り出す。ゆっくりと手紙を開き文字を目で追えば、そこに書かれていたのは俺の予想していたような言葉ではなかった。
『ハロー、CQ。あなたはお元気?』
ハロー、CQ。アマチュア無線にいて、応答を求める呼び出し信号。応答願います、あなたはお元気ですか?
誰が俺に応答を求めてるんだ? こんな人里離れた森の奥に住んでいるのは俺くらいのものなのに。
俺をからかうつもりなんだろうか。最初に浮かんだのは、そんな考えだった。そうであってもおかしくはない。というより、それ以外に考えられない。
だがもし返事を書きでもすれば、町の人間が騒ぎ立てて更に俺を迫害するだろう。もちろん迫害する理由なんかなしに。何度も思うが、やはりあいつらは理不尽だ。
ああ、馬鹿らしい。俺は何をやっても迫害されるのか。手紙を開いたときのほのかな効用は既に冷え切っていて、胸の中にあるのはただ静かな怒りと諦めだけだった。
「……アホらしい」
呟いたと同時に手の中にあった手紙がぐしゃりと音を立てた。ひしゃげた手紙をさっきと同じようにゴミ箱へ投げ入れ、椅子に座ってコーヒーカップに口を付ける。カップの中で揺れるコーヒーについつい溜息が漏れた。
窓の外ではさっきより激しく雨が降っていた。
- 1 -
PREV | BACK | NEXT