QLOOKアクセス解析It was ________. | ナノ

アイツにだけは、知られなくなかった。
アイツに俺が勝てるはずない、から。

It is fret.

更衣室で着替える時にふと頭を掠める明華の顔。
何かを我慢したような悲痛な笑顔に、俺の胸は締め付けられているような鈍痛が走る。
明華にそんな顔をさせたのは紛れもない俺。
どうして俺はあんな顔しか明華にさせてやれねえんだろう。
俺が小さな頃は太陽みたいな、向日葵みたいな、ぱっとあかるい笑顔か見れたのに。
そんな笑顔を作ってやることができたのに。
いつからそんなくすんだ笑顔を浮かべるようになったんだろう。
記憶を遡っても、明確な時期は分からなかった。
中学に上がった頃には、もうそんな笑顔を向けられていたような気がする。
俺が何が悪いことをしたんだと思う。明華は理由なしに人を嫌うような子じゃねえから。
今まで会った女子の中で、ただ一人明華はいつまでも綺麗なまま。
利己的じゃなくて、下心がなくて、優しくて。
幼馴染みっていう贔屓目を抜いても、明華は魅力的な子だと思う。
裏表のない明華はいつだって信頼できるし、周りの意見に流されない自分を持ってる。
俺はずっとそんな明華に恋し続けてきた。
もしあの笑顔が俺のせいでなくなったのだとしたら、俺は明華から離れなくちゃなんねえ。
俺のことを疎く思うから、昔のような笑顔を浮かべてくれないのなら、俺は明華を自由にしてやらないと。
考えたくねえけど明華に好きな人がいて、俺が恋路を邪魔しているのなら。
幼馴染みっつー俺が鎖になっているんなら。
俺は、この気持ちを知られることなく明華の応援をしねえと。
そんなことあってほしくないけど、あってほしくないけど。
考えつくのは俺にとってどれも不都合なことばかりで。
十数年に及ぶ片想いがそんな風に終わるのは嫌だ。
だけどさ、明華の幸せを奪うわけにいかねえから。

「つれえな…。一番近くにいたのに、一番遠い、なんてよ…」

ロッカーに腕をついてうなだれる俺は、器用だねと言われる俺とは似てもつかない。
なんでも一通りこなす俺だけど、これだけはうまくいかねえ。
下手して明華に嫌われたら立ち直れる気がしねえもん。
失敗を恐るくせに、明華との距離を縮めたい、なんて。
都合が良すぎるのは承知の上だ。ヘタレすぎる俺が、自分が傷つくのを怖がってるだけだ。
分かってる、でも長年続けてきたこの関係を壊すことが怖い。
呆れて笑うしかできねえよ。俺は単なる臆病者だ。

「お前がうなだれるなんて珍しいな」

顔を上げれば、見慣れた緑髪。
いつの間に部室に来たんだろう。全然気付かなかった。
体を起こして真ちゃんになんでもねえよと返すと、思いっきり眉をひそめられた。
何か不服そうな真ちゃんには気付かないふりをして、部室を出るためドアへと向かう。
その途中で、真ちゃんに呼び止められた。

「高尾、お前がそういうならさっきのは見なかったことにするのだよ。その代わり一つ答えろ」
「何? あ、あんまりプライベートに関わることはやめてよ?」
「お前のプライベートなどどうでもいいのだよ。俺が聞きたいのは、お前が話していた女子のことなのだよ」

お前と幼馴染みらしいな。
真ちゃんの言葉が耳を抜けて、体に電撃を走らせる。
なんで真ちゃんが明華に興味持つの?
なんでも持ってる真ちゃんが、なんで俺がずっと守ってきた明華に興味もつの?
真ちゃん相手じゃ、勝てるわけ無いじゃん。
ねえ、なんで俺の欲しいもの持ってるのに、俺から明華を取り上げようとすんの?
明華と同じクラスで、しかも明華と席がとなりで。
それだけでも羨ましいのに、ねえなんで?
ぐるぐる頭の中でそんなことが巡って、うまく呼吸ができなくなる。
あれ、呼吸ってどうやるんだっけ? もうなにも考えられねえ。
何か言おうにも言葉なんて組み立てられなくて、口から漏れるのは言葉になりそこねた空気だけ。
情けねえ、なんて言葉じゃ形容できない。
こんな時、どんな言葉を使えばいい? 思考は変な方向にばかり飛ぶ。

「お前は、アイツが好きなのか?」
「は…? 何言ってんの真ちゃん…。幼馴染み、だぜ…? そんな、わけ…、ないだろ…」
「…分かりやすいな。これ以上は聞かないのだよ」

真ちゃんはそう言って前を向いて着替え始めた。
バレた、どうしよう。真ちゃんに、バレた。動揺が口に出た、メンタル弱すぎだろ俺。
でも大丈夫だ、まだ大丈夫。真ちゃんは明華に興味をもっただけで、好きなわけじゃねえ。
まだ、勝てる。根拠の無い自信で、自分を落ち着かせる。
真ちゃんに取られる前になんとかしねえと。
俺の執着心が、独占欲がそう囁く。そうだよな、なんとかしねえと。
他の物は真ちゃんに全部譲ってやるよ、俺はそんなもんいらねえから。
その代わり、明華は絶対譲らねえ…いや、譲れねえ。
真ちゃんが俺から明華を取り上げようとしたときは、俺だってそれなりの対応は取らせてもらうかんな。
お前にはぜってー負けねえよ。
一方的な宣戦布告をした、春のとある放課後。

fret=焦燥

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