――アメストリス国・リオールの街
「次は炭鉱か…」
「汽車何時からだっけ?」
小柄な少年と、大きな鎧が並んで歩いていた。
彼らの名はエルリック兄弟。
小柄な少年が兄であり、アメリスト国家錬金術師である『鋼の錬金術師』エドワード・ エルリック。
そして隣の大きな鎧が弟のアルフオンス・エルリック。
兄は右腕と右足を、弟は体を取り戻すため賢者の石を探し求めている最中であり、インチキ教主の持っていた賢者の石、それを頂戴しようとしたが結局まがい物だった。
そして少女ロゼと別れたその帰り道である。
「…ん?」
崩壊寸前の、扉が開いた教会。エドワードは通り過ぎようとしたが、違和感が、目についた。白が、見えたのだ。
このオレンジの空のなか、教会の中でなぜか白い光が一点に輝いていた。そしてその白を理解するのに、時間はかからなかった。
「…………………!」
「!え、兄さん!?」
いきなり走り出した兄をアルフォンスは慌てて追った。
その先は教会。
ダンッ
足踏みが大きく教会の中に響いた。そして、エドワードは見た。
オレンジに光る教会の十字架の真下に、白。血に濡れた、刀を抱きしめた白、キイがいた。
エドワードは走って彼女の元へ向かい、叫んだ。
「おい!」
肩をつかみ揺さぶるが、目は開かない。
しかし、かすかながらも細い息が彼の腕にかかった。
生きてる。
「兄さん!?どうしたの…っええ!」
「アルフォンス医者行くぞ!早く!」
エドワードは高橋を抱き上げアルフォンスと共に教会をあとにした。
こんなこと、思った自分は相当バカだっただろう。
だけどあのとき、そう思いざるを得なかった。
「《太陽に近づきすぎた英雄は蝋で固められた翼をもがれ地に落とされる》…ってな」
ただの少女が、あの純白が、翼をもがれた天使のようだったと思った自分は、相当末期なのかもしれない
★
「助けてくれって…」
「勿論ただでとは言いませんよー。変わりに帰れるまであなたのお命お守りしまーす」
「いや、つーか傷…」
「治った」
「んなわけねーだろっ!」
「本当ですよー見る?」
「服をめくるなっ!」
「照れるなって少年」
「照れてねぇ!!」
「いーじゃん雇ってよ。おチビさん」
「だぁれがミジンコドチビかー――――――!!!」
「いやそこまで言ってない」
洗って貰った制服を着て正座して座る謎の少女。目の前にいるのは小さい少年と大きい鎧もといエルリック兄弟。
エドワードの怒り声に何事かとアルフォンスが駆けつけて、今に至る。
ちなみに、彼女の愛刀はまだエドワードの手の中だ。
「帰るところが無いってのはどういうことだ?」
「だからー、言ったじゃないですかあ。
斬ったと思ったんですーよ思ったんですけどねー。その敵さんがいきなり爆発しやがりましてですねえ」
「それに巻き込まれて大怪我して?」
「気がついたら外国でしたーみたいな?」
「信じると思うか?」
「ですよねえ。あ、刀返してください。そして助けてください。雇ってください」
「そこに繋がる意味がわからん」
「え、えと、とりあえずキイさんは東からきたんですよね?」
「そんな下手に回らないでいいぞアルフォンス」
「そうだよーもっとフレンドリーに行こうぜアルフォンスくん」
「テメーがいうなっ!」
怒鳴ったエドワードは「たくっ」と悪態をついて、肘を椅子肘につけて、顎を乗せた。
刀も当然返す気はないようで、歳相応には見えない大きな目をギロリと、謎の少女こと高橋キイに向かって睨みつけた。
「そんな説明で納得するわけねーだろ。第一、あんたが俺らの護衛?
わりぃけど邪魔になるだけだよ」
「あ。うちのこと弱いと思ってるクチだなー」
「はっ、事実だろうが」
「人を見かけで判断しちゃいけないんだぞー」
「関係ねえだろ」
キイの言葉を遮り、エドワードは冷徹に言い放つ。
「何でこんなもん持ってっか知らねえがな、あんたが持つには重すぎる。
餓鬼がでしゃばるなよ」
一般の人間は、そんなことを言われれば酷くショックを受け、折れるものは少なくはないだろう。
それは、覚悟がない人だから。
しかし、彼女は違う。
「兄さん!なにもそこまで…」
「多分、キミらよりは強いつもりですよ?少なくともキミみたいな"おチビ"よりは」
兄を宥めるアルフォンスを遮るキイは、他人の地雷を踏むのが得意というか、KY(空気読めないヤツ)だった。
その禁句ワードに、エドワードは当然、キレた。
「…………ほーぅ」
なぜ初対面に、こんな女に、そんなこと言われなきゃならない。
ゆらりと立ち上がった兄と、平然と兄を見上げるキイにアルフォンスは交互に見て慌てるしかなかった。
「じゃあ、返して欲しかったら自力で取り返してみろよ。そんなら雇うのも考えてやるぜ?」
「だめだよ兄さん!この子まだ怪我人っていうか女の子…」
「アルは黙ってろ!」
「(悪…)」
「キミの兄さん性格悪いね」
ケケケと半ば悪党顔のエドワードを呆れ顔で見るアルフォンス。それにキイはアルフォンスを見ずに、変わらずの無表情で呟いた。
「っていうか、いいの少年?それじゃあうち動かないっすよ」
「はっ、テメェが動かないって、剣が動くのかよ」
「まぁ呼べばきます」
「ぶわはは!やれるならやってみろ…」
「おいでー閃紅」
するり。
効果音をつけるなら、そんな感じ。
キイが刀に向かって子犬を呼ぶように声をかけると、大きな刀はエドワードの手から見事にすり抜け、彼女の小さい手に収まったのだ。
しかし、エルリック兄弟を驚かせたのは、それだけじゃなかった。
「…………!」
「動かないつもりだったけど、まぁ確かに、強いとこ見せないと信用できないよなぁ」
キイはいつの間にかいつの間にか刀身を抜いて、いつの間にかエドワードの首筋に当てていた。
「そんなビックリすることないでしょう」
チン
綺麗な金属音を響かせ、刀身を鞘に納めた。
「キミたちの世界に錬金術って力があるなら、うちの世界にはこうゆうのがあるってだけですよ」
「………………それでも、」
小さな呟きはアルフォンスだった。
キイが、自分に視線を向けたことを確認し、彼は冷静に彼女に言った。
「それでも僕らはね、少なくとも楽じゃない、下手したら凄く危険な旅をしてるんだ。
…もしかしたら命に関わるかもしれない。大変な旅なんだよ」
「それでもいいよ」
それでも、と、彼女は笑った。
「絶対に足は引っ張らない。教えられる範囲は全部教える。
ぶっちゃけめんどいから覚悟とかそんなん無いし考える気もないけども、餓えでもなんでも死にたくないんだ。
信じてなくてもいいんだ。それでもうちを連れてってくれるなら、
うちはキミたちを信じる。」
呆然と自分を見るエルリック兄弟を見て、ふと、気づいたこと。
あぁ、まだ名乗ってなかった。
「改めて宜しこ高橋キイでーす。
全身全霊で、キミたちを護りまーす」
半妖少女と、鋼の兄弟の旅のはじまりはじまり。
(ちいさな手のひらのちいさな世界)
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