雨が、ふる。
冷たい粒は頭を通って顔を濡らし、頬を濡らす。肩から服を通って腕を濡らし、足を濡らす。靴に至っては水分という水分が靴下に染み込んで、感覚さえ鈍っている。
傘が無いのを良いことに、ソレは容赦なく佇む彼らの体を浸食していった。
だけど彼らにとっては、これでよかったのかもしれない。
「そうだろう鋼の」
大佐の声がした。キイは無意識にそちらを向いた。
「いつまでそうやってへこんでいるつもりかね」
「…うるさいよ」
「軍の狗よ悪魔よと罵られても、その特権をフルに使って元の身体に戻ると決めたのは君自身だ。これしきのことで立ち止まってどうする」
そう、彼はどんなに罵られようとさけずまれようと、大切な家族のためならなんでもやったし、なんでも耐えた。それは彼の弟も同じで、だけど
「人間なんだよ。たった一人の女の子も救えない」
どんなに大人ぶろうと「これしき」のことで立ち止まることができない彼らはまだまだ子供で、当たり前のことだからこそ、知っていたからこそ
「ちっぽけな人間だ…………!」
自分が無力だと思い知るのが、悔しくて悲しい。
(錬金術師は作る)
(そして、壊す)
(解らなくなる。
錬金術が、なんなのか)
★
「・・・・・・・・・」
雨は止まらない。
彼らの心もこんな感じなのだろうか、キイは顔を上げ、今度はエドワードとアルフォンスに向けた。
大佐が帰っても動かない、その表情は見えない。
「エドワード」
「・・・・・・・」
「帰ろーよ、風邪ひくよ」
「…先帰ってろよ」
「できるかーい、用心棒だっつの」
「……お前はなんとも思わないのかよ」
「んー?」
ぎゅっと力を入れたのが見えた。相変わらず表情は見えないけど、声が少しだけ低くなっていた。
「ニーナはお前のことが大好きだったんだぞ。お前だって、ニーナが好きだったんじゃないのかよ」
「そりゃー悲しいよ。ニーナのこと好きだったし、勿論アレキサンダーも」
「・・・・・・」
「でも死んだわけじゃないから、」
がっ、
「その態度が気に入らねぇんだよ」
キイの視界が揺れた。エドワードがキイの胸ぐらを掴んだのだ。アルフォンスが止めようとするが、彼の兄の顔は、怒りと悲しみに満ちていた。
「兄さん!」
「いつもそうやってヘラヘラして、なに考えてるかわかったもんじゃねえ。テメーが本当に、悲しんでるかわかったもんじゃねえ。
ムカつくんだよ、テメーのそういう態度が!」
「兄さん落ち着いて…!」
「死んだわけじゃない!?あんなの…っ死んでるのと同じだ!!
なのになんでそんなに落ち着いていられる?なんでそんな無表情(かお)でいられる!?」
「っ、」
アルフォンスは思わず息が詰まった。彼ら自身が以前から感じてきた違和感でもってあったから。鉱山のとき、列車のとき、大の男を返り討ちにした、ニーナのときは壁に脚をめり込ませ、タッカー氏に一泡ふかせた。
極めつけは、彼女は動揺一つ見せず、あくまで冷静沈着だったこと。もともと表情力の貧しい女の子と言うならまだ分かる。(めったに無いが、笑うところもしばしばは見た)だが幾多の危険な目に会おうと、驚くこそすれ、眉一つ動かなかった。
時には命に関わることも会ったのに、キイの瞳は焦ることも、怯えることも、色一つ見ることが出来なかった。
今だって、悲しむなんて似合わないほどに無表情なのに。
タッカー氏に向けた、表情が無いのに冷酷に感じた眼はまるで、
「人間に見えねえ…綺麗事ばっか並べるヤツが!
あの子を語ろうとするな!!」
「兄さん!!」
一時の沈黙の間、それをしとしと降る雨が遮っていた。口を開いたのは、キイだった。
「気が済んだ?」
そう言って、キイはエドワードを真っ直ぐ見返した。
「ニーナとアレキサンダー殺すなよ」
服を掴んでいる手を押し返し、彼女は言った。
「あと君のそれは、八つ当たりっていうんだよ」
真っ黒な瞳は、揺らぐことは無かった。
(呼吸すらもままならず)
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