「・・・キイのことなんだけ」
「ああ”ん!?」
その名前を聞いた瞬間の兄は鬼のようだったと、後に弟は語る。
「あのクソアマ俺らほっといて自分だけぬくぬく室内に入りやがって!!守るなんていって早速破ってるじゃねぇか!!クビだクビ!そもそもあんなヤツに泊めてやる金なんて無いってんだよ!!!」
「……」
そこまで気に喰わないか。大人気ないと最早呆れるしかない。彼女は恐らくエドワードより年下じゃないか。確かに飄々としていて、どこか大人びてはいるのだが。…そういう意味では、ある意味兄も似たようなものではないかとアルフォンスは気づいた。同属嫌悪とはこういうことをいうのだろうか。大人ぶってるところなんて、特に。
確かに喰えないのかもしれない。兄の場合、負けてしまったことも含めて。けれど、
「キイは、そこまで悪い子じゃないと思うよ」
「…あ?」
驚きに満ちた顔で鎧に首を回したエドワードに、アルフォンスは続ける。
「キイは確かにちょっと変わってるし、怪しいけど…少なくとも、僕らの敵じゃないと思う」
「…アル」
「え、えっと、まだ全然一緒にいないからわからないんだけど、その…」
「……?」
「…キイは、」
その時、エルリック兄弟の息が思わず止まった。というかもう驚くとかそういう次元じゃないくらいの驚きに詰まった。というのもまるで先ほどのカヤルのように、ある人物が二人の間に座っていったのだ。そのある人物とは言うまでも無く、
「「ぎゃあ!!!」」
一瞬遅れて、我に返った彼らはやっと声を出すことが出来た。
「キイ!?」
「おおおおまおまいつから!」
その声の主はキイで、カップを持った彼女は兄弟の後ろで佇んでいた。
「?今さっき」
「お前なぁ!いきなりでてくんなよ!」
「んーゴメン」
「誤る気0だろお前…」
「てゆうか、なんか来たよアッチ」
「どけどけ!!」
キイがくいっと親指を後ろに差した途端、ドカドカと宿が騒がしくなった。それは護衛を引き連れて現れたのは軍人中尉のヨキ。
ヨキはスカーフを口に当てつつ、男、ホーリングに向き合った。
「相変わらず汚い店だなホーリング」
「…これは中尉殿、こんなムサ苦しい所へようこそ」
「あいさつはいい。
このところ税金を滞納しておるようだな。おまえの所に限らずこの街全体に言える事だが…」
「すみませんね、どうにも稼ぎが少ないもんで」
「ふん…そのくせまだ酒をたしなむだけの生活の余裕はあるのか…、
という事は給料をもう少し下げてもいいという事か?」
「なっ!」
「この……!!ふざけんな!!」
頭に血が登ったカヤルは手に持っていた雑巾をヨキに投げつけけ、見事に顔面ヒットした。
「中尉!!…っのガキ!!」
ヨキは顔に張り付いた雑巾を取ると、カヤルにノーモーションで手を上げる。
バシッ
「!?お譲ちゃん!」
「キイ!?」
しかしカヤルが殴られることは無かった。キイが、ヨキの腕を片手で受け止めたからだ。キイは無言で彼を見上げ、そのくせ彼の腕を掴むその力を緩めることは無い。
「な…っ!?なんだこのガキは!」
「空気読めるガキです」
棒読みで己を見上げる少女に、ヨキはなぜか背筋が凍った。
そして思わず指を動かしたと同時に、護衛が剣を抜く。
「女子供とて容赦はせんぞ…っ、みせしめだ!」
ガキン
金属音と共に現れたのはエドワード。右腕でカヤルに迫る剣を受け止めたのだ。
当然鋼の腕とでは勝負にならず、剣がベキン、と音をたて折れた。
「!?…ええ!?ベキンて…」
「なっ…なんだ、どこの小僧だ!?」
「通りすがりの小僧です」
「おまえには関係ない下がっとれ!」
「いや中尉さんが見えるってんで、あいさつしとこうかなーと」
突然の乱入者に混乱する軍人達、それに構わずカップを口へ傾けていた乱入者エドワードは国家錬金術師の証である銀時計を見せた。
「これがなんだと…」
そして銀時計をじっくり見てヨキは気づいた。
(大総統紋章に六ぼう星の銀時計!!)
「中尉殿なんですこのガキ…でっ「馬鹿者!!」
軽口をたたく無知な部下の頭を叩き、作戦会議のごとく影に潜む。
しばらくひそひそと内密会議をして、纏ったらしい。
「部下が失礼いたしました、
私この街を治めるヨキと申します」
「なんか"ちっこい"ってきこえたぞ」と呟くエドワードを他所に、ヨキはエドワードへ近づき早速ゴマをする。
「こうしてお会いできたのも何かの縁、ささ、こんな汚い所におらずに!田舎町ですが立派な宿泊施設もございますので!」
「そんじゃお願いしますかねー、ここのおやじさんケチで泊めてくれないって言うんで」
ヨキの言葉にエドワードも笑顔で応える。
エドワードのケチ発言にホーリングがむっ!!と顔を歪ませたのは言うまでもない。
「いいか貴様ら税金はきっちり払ってもらうからな!また来るぞ!」
バタン
「ぐわー!ムカつく!!」
「「どっちが?」」
「「両方!!」」
彼らの言葉にアルフォンスは苦笑し、キイは相変わらずの無表情だった。
――エドワードが軍人と去ったその次の日、ホーリングの宿屋は火事によって灰へと化したという。
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