パン、とはじけるような音を手のひらに重ね、鉄くず同様のソレの間に手をつく。するとそこから眩い光と共に、新品同様のツルハシが現れた。
そんな芸当に勿論周りの人々は歓喜し、エドワードも得意げだ。
「いやあ嬉しいねぇ!久しぶりの客が錬金術師とは!」
楽しそうにそう言った店主は、エドワード達の食事を並べ始めた。なんでも一時的に研究していたらしい。「術師のよしみでまけてやる!」なんて豪語した彼はつられて嬉しそうに笑うエドワード達に向けて言う。
「ネエちゃん外人の人?」
ふと、そんな質問がキイの耳に入って振り返った。聞いてきたのは店主の息子のカヤルで、キイも素直にそれを認めた。
「うん」
「やっぱり!なんか顔違うなぁって思ったんだ。髪の毛白髪(しらが)だし」
「目立つ?」
東洋の顔立ち、崩した学制服、そして純白の髪の毛。眼帯や服装は無視するとして、やはり若くして白髪はこの世界でも珍しいものらしい。もとより、彼女の世界でも異質のもので、珍しいと言われれば、ガラが悪いとも言われてきた。もっとも、好きでこうなったわけでも無いが・・・
「うん、でも俺好きだよ!キレイでさ!」
「…………でしょ」
へへ、と。鼻をかくカヤルの肩を担ぐのはガタイのいい男たちで。
「なんだぁカヤル、このネェちゃん口説いてんのかぁ?」
「やるなー!」
「ち、ちげぇよ!」
じゃれあう彼らを見て、キイは思う。
好きでなったわけではない。けれど、嫌いではない。
そのときである。
「錬金術師でエルリックって言ったら――――――――
国家錬金術師の?」
店主のその一言に、店中の空気がピタリと止まった。男達の目線がどこか鋭いそれを、キイは見逃さなかった。
「……まあ一応……」
その空気に気づきながらもおどおど答えるエドワードの言葉を聞いた直後、鋼兄弟はそのままつまみ出されてしまった。
「出てけ!」
ぺっ。
「こらー!!オレたちゃ客だぞ!!」
あろうことか、久しぶりだと言っていた客を外に放り出してしまったのだ。
当然エドワードは反論するも、店主共々相当ご立腹のようだった。
ただ一人、幸か不幸か奥にいたキイは呆然と集まる男たちから幽かに聞こえるエドワードの声を聞いて、横にいたカヤルに振り向いた。
「…カヤル?」
「……ネェちゃんは」
どういうことかと聞こうとして、さっきととは断然暗い顔で問われた。
「…ネェちゃんも、軍のヤツらなのか?」
そう問われれば、答えは一つだった。
「ううん、余所から来たからあの軍人さん以外にあったことない」
嘘は言っていない。でも実際軍人のエドワードの用心棒だから関わっていることには変わらないんじゃ、なんて突っ込んでくれる人もいない。なぜか戻ってきたアルフォンスを傍目に、明らかに安心しきったカヤルの表情に首を傾げるキイだった。
★
「なんだよ久しぶりに外の者が来たと思ったら」
「しらけるなー」
批判の声が混じる中、アルフォンスはふと思ったことを聞いてみることにした。
「えらい嫌われようだね」
「そりゃそうだよ。ここのみんなは軍人なんて大っ嫌いだもん。ここを統括してるヨキ中尉ってのが金の亡者でさ、もー最悪」
なんでも中央の高官にワイロを贈るのにご執心らしいぜ
今の官位も金で買ったのさ奴ぁ
元はただの炭鉱経営者だったのが出世に欲が出ちまってよ
え?じゃあここって…
そ、炭鉱(ここ)はヨキの個人資産って事
奴がここの権利を握ってやがって俺達の給料はスズメの涙!
お上に文句言おうにもワイロでつながってるから握りつぶされ!
な?最っ低だろ?
「そこに国家錬金術師ときたもだ」
キイとアルフォンスの前に、今度こそ食事を出して、店主は続けた。
「『錬金術師よ大衆のためにあれ』
術師の常識でありプライドだ。数々の特権と引き換えとはいえ軍事国家に魂売るような奴ぁ俺は許す事が出来ん」
★
「半分エドワードに持って行こっかなー」
「あ、兄さんのはボクが持って行くからいいよ」
半分のサンドイッチを口に加え、半分を手に持って外に出ようとしたキイをアルフォンスが止める。しかしキイはアルフォンスをまじまじと、というか全く手を付けられていない食事の乗ったトレイを見て表情を変えずに言った。
「…食べないの?」
「え゛っ。あ、うん、食欲ないから…」
苦し紛れに答えたせいか、じーっと無表情に見つめるキイに、体があれば冷や汗を流しているだろうとアルフォンスは思った。その真っ黒な瞳の奥が解らず、ちょっと怖かった。ふぅん、とキイは相打ちをうてば手に持っていたサンドイッチを口に放り込み、椅子に座り直した。
「じゃあ待ってるよ」
気付いているのかいないのか、はたまた気付いていないふりでもしてるのか、変わらぬ表情で見上げてくるキイに、アルフォンスはぎこちないながらも「ありがとう」と礼をいい席を立った。
それは確かにエルリック兄弟にとっては有り難いことだったから。
進もうとした足を一度止め、彼女を呼んだ。
「ボクのこと、"アル"でいいよ。キイ」
その言葉に、後ろ姿の彼女は振り返らずに手を振った。
「待ってるね、アル」
弟と用心棒の絆が少し深まっていったその頃。
「はらへった………。ちくしょ〜〜〜アルのやつ〜」
一方、エドワードは大層腹を空かせてべそをかいていた。この冷たい風に晒され、腹は空腹ときた。もう泣くしかないというやつだ。
「だいたい、あの白髪女は何処行ったんだ、用心棒じゃなかったのかよ…」
ぶつぶつと膝を抱えていたその時、エドワードの目の前に影が現れる。食事の乗ったトレイと、それを持ったアルフォンスが立っていた。
「ボクに出されたのこっそり持って来た」
「弟よ!!」
「ゲンキンだなもー」
こうしてやっとのことで食事にありつけたエドワードは、アルフォンスによって炭鉱経営者のことを知る。
「ふーん…。腐ったおえらいさんってのはどこにでもいるもんだな」
「おかげで充分な食料もまわってないんだってさ」
「………そっか、しかしそのヨキ中尉とやらのおかげでこっちはえらい迷惑だよな、ただでさえ軍の人間てのは嫌われてんのに。
国家錬金術師になるって決めた時からある程度の非難は覚悟してたけどよ、ここまで嫌われちまうってのも…」
「…………ボクも国家錬金術師の資格とろうかな」
アルフォンスは少し陰をおとし言ったが、エドワードは笑って否定した。
「やめとけやめとけ!針のムシロに座るのはオレ一人で充分だ!」
「おまけに禁忌を犯してこの身体…」
「師匠が知ったらなんて言うか…」
はあ…
…………。
「こ…っ。殺される………!!」
思い出した途端の二人の表情は一目瞭然だった。あのエドワードまで青ざめさせるとはそんなに恐いのか師匠、どんな怪物なんだ師匠。
「…あ、そういえば兄さん」
「あ?」
と、思い出したように切り出したアルフォンスに、身を震わせていた身体がとりあえず止んだ、しかし、弟の一言によって今度は違う意味で震わせることになる。
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