ちゅんちゅん、と小鳥の可愛らしい鈴の音が窓の外から柔らかく鼓膜を撫でた。

基本、五感が常人より鋭い名前はその音にぱちりと目を開けた。彼女の真っ白な長髪は布団一面にばらまかれている。
ゆっくり身を起こし、布団から這い出る。「ふあ、」なんて欠伸も隠すことなく放たれ、ポリポリとお腹をかく始末だ。
その際、真っ白い毛玉が一緒にバルコニーから体を乗り出す主ついていく。
屋根に体育座りする主にすり寄れば、耳の後ろをカリカリとかいてくれる。気持ちのよい時間を満喫していた時、毛玉は突然体を屈んで毛を逆立て、完璧な威嚇状態で後ろに向かって唸り声をあげた。
毛玉は、邪魔者が入ったことに気づいたのだ。


「おやおや。朝の挨拶さえままならないとは、連れないですねえ」

正十字学園理事長――メフィスト・フェレス卿。

兎に角格好が派手なこの男は、ハットのつばを上げつつそのニヒルな笑みを毛玉と名前に向けている。
名前はゆっくりとメフィスト卿に振り返って言う。

「女の寝起きにやってくるアンタも大概じゃないの紳士かぶれ」

「いやですね。わたしはれっきとした紳士(ジェントルマン)ですよ」

「変態と言う名のな」

「そんなことより、どうでしたか?初めての塾は」

「……」

話を遮るためにふった内容がそれか。めんどくさいオッサンだな。

はあ、と癖になってしまったため息をついて、髪をかきあげた。

「どうもこうもないでしょ。
なにあいつら莫迦じゃないの。兄弟喧嘩してゴブリン呼び出すって、傍迷惑にもほどがあるでしょ」

「その兄弟の兄が、サタンの落胤だと言ったら?」

ぴたり、名前が反応を起こすには充分だったようで。
しかしまだ振り返ることなく、白い毛玉をやさしく撫でる。

「………それをわたしに言ったところで、なんかなんの?」

「それこそ、貴方がいいますか?天照(アマテラス)よ」

「…さっきも言ったよ、メフィスト。それを言って、何になる」

それが、決定打だった。ついに振り返ったその眼は、眠たげな時とは全く違う。

「間違えるな。わたしの名前は名前だ」

「………」

一睨み、静かな殺気を、メフィストはひしひしと感じた。
それに答えるように、彼はニヤリと道化師のように笑って見せる。

「…それは失礼しました、苗字名前さん。
それと、奥村先生のことも多めに見てやってください、何分新任なもので」

そもそも学生を教師にすること自体どうなんだ。頭おかしいのかこの人。とは言わなかった。なぜって、めんどくさいから。

「……で。それだけのために人のプライベート邪魔したのか。」

「アンタこそ傍迷惑だ」と心底嫌そうに言えば、男はカラカラと笑った。

「いえ、それもあるのですがねぇ。
貴女の素姓についてのことでして」

「アンタ莫迦じゃねえの」

「上司に向かって莫迦とは失礼な」

「莫迦だよ。何で赤の他人にわざわざめんどくさいことしなきゃなんないの」

「こらこら。赤の他人なんて言うものじゃありませんよ、これから仲間になるんですから。

まあ、貴女が天照大神(アマテラスオオミカミ)の生まれ変わりだと言うことは、彼らに話しても構いません。名前さん自身の意志で決めてください」

「…は?」

わざとらしくそう言ったことにまた苛ついたが、問題はそこじゃない。

「なにそれ。遠回しにバラせっつってんの?」

「いやいやとんでもない。
あくまで“名前さんの意志”で、ですよ。
ただ、何れは証される事実だと言うことを、覚えておいてください。」

隈のついた狂気じみた目が名前を射抜く。まるでさっきの仕返しかとで言うように。
しかし、名前は暫く黙ったあと、「はっ」と皮肉った笑みで返した。

「それ、自分のこと言ってんの?」

「…それもまた、何れに知り得ること」



「ってなわけでー、学園生活共に楽しんでくださいな!☆」

「…………。」

「ガウアウワ!!」

「おっと♪」

限界だと、名前の隣で唸っていた毛玉が遂に彼に飛びかかった。が、流石は悪魔と言ったところか、ヒラリと交わされてしまう。

「白(ハク)」

「おやおや、相変わらず物騒なワンチャンだ」

ぐるる。と真っ白い毛に真っ白い歯を剥き出し、次は噛み殺すと言わんばかりの殺気をメフィストに向けて。

「狛犬(ガーディアン)も使い魔、というより神の使徒と言ったところですかねぇ?正しく守護神だ。
いや、守護犬。ですかねこの場合?」

飄々とした態度が神経逆なでさせて、荒い息を立てる白を名前は落ち着かせようと背中を撫でつつメフィストをキッと睨む。

「早朝から失礼しました。ではそろそろ、お暇しましょうかね」

よい学園生活を!

語尾に星でもつきそうなテンションで(いや、実際つけてるかも知れない)真っ白なマントを翻し屋根から下りていった正十字学園の理事長を嫌々ながら見送り、未だメフィストの消えた先を睨む我が親友の背をポンポンと叩いたのだった。



@彼女の正体




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