携帯を開いたり、閉じたり。
ぱこん、ぱこん、ぱこん。
そんな音が古びた教室で地味に響く。
ぱこん、ぱこん、ぱこん、ぱこん―――
憂鬱だ。隅の席で、名前はため息をついた。
そもそも彼女がこの塾へ入ったのは仕方なくに等しい。
自分が一族最後の末裔がどうこう、魔王(サタン)を倒せどうこうと、嫌だと否定したところで無駄だった。無理矢理入れられただけ。
――面倒くさい。
彼女の頭の中はただそれしかなかった。
ぱこん、ぱこん、
そうこうしているうちに担任と思わしき男――否、少年が入ってくる。大層な格好をしているが顔は幼く、なんだか服が彼を操っているようだと思った。自身の顔と思考が幼く見えないからだろうか。どうも同い年の人間でも若く見てしまう。
ぱこん、ぱこん、
そういえば。と、頬杖をしたまま目線だけ、教卓の前の席で担任に食ってかかる喧しい不良を見る。
――なんかこの二人、顔似てるなあ。
ぱこん、ぱこん、
――つーか、うるっさいなあ、あのガキ。
ぱこん、ぱこん、
――ああ、もう。サボっちゃおうかなあ。
ぱこん、ぱこん―――。
パリンッ
「!」
そこまで大きくなかったが、確かに聞こえた硝子の音。同時に、夥しい異臭が一番遠いこの席まで漂った。
瞬間、バカンッ!!と天井が割れて、煙と共に降りてきたのは悪魔――子鬼(ホブゴブリン)だった。
「きゃあっ!!」
奴らは面白いくらい湧き出てきて、目の前にいた女子生徒二人に飛びかかる。
――ああもう、何やってんだあの眼鏡。本当に教師かよだからやなんだガキは兄弟喧嘩なら余所でやれよムカつくウザイあああもう。
恐らく二秒ほど、そんな思考という羅列が頭の中で駆け巡った後、机から飛び上がった名前の先は女子生徒に襲いかかろうとしたゴブリン。
ドガン!!
躊躇なく蹴り飛ばされたゴブリンは壁に突っ込みそのまま動かなくなった。それを見届けることはなく唖然とする彼女たちの服をひっ掴む。
「あ…」
「ちょ、ちょっと!」
「死にたくないならさっさと走れよ」
特に目線を合わせず女とは思えない力で引きずるようにドアへと向かい、廊下に出る際、目があった眼鏡の少年――奥村雪男をジロと睨み返したと同時に扉が勢いよく閉まった。
「はあ〜…」
扉から激しい戦闘の残劇が鳴り響く。
名前がずるずると壁伝いに座り込んで俯くと、頭上に影が下りた。
「ちょっと、朴!」
見上げると、先ほど助けた――朴と呼ばれた髪の短い女子生徒が名前の目の前に立っていた。ちなみにそれを否めようとする声は髪が長いほうの女子である。
「なに」
「あ…えっとね。さっきは、ありがとうございます」
ニコリ。そんな柔らかい笑みを向けられ、こちらもぎこちないながら口はしを少し吊り上げる。
「…怪我はない?」
「うん、大丈夫」
「良かった。そっちは?」
「えっ、う、うん…」
ついでとばかりに髪の長いほうに目を向ければ、彼女もぎこちなくうなづくも目線は名前をねつめていた。
「苗字さんだっけ…さっきのすごいね。かっこよかった!」
「ああ、うん…どーも」
朴が話しかける少しの間、ずっとこちらを睨む視線にため息を隠すことなく吐き出し、――自身の腰までたなびく真っ白な髪をかきあげた。
(ちなみに結ってます。地毛だよ。)
|