「おー、一護じゃん」

向い側から大股でやってきた、オレンジ頭の悪友に片手を上げた。

「名前か。お前、どうしたんだ? 帰宅部だろ」

「何だよ。帰宅部は放課後に学校残っちゃいけないってか?」

「いや、そういうわけでもないけど……」

「それを言ったら一護も帰宅部じゃんかよ。人のこと言えないし」

「だから別にそう思ってねえってば…!」

「嘘嘘。わかってるって。今日はちょっと先生に居残りさせられてさぁ」

全く……ちょっと職員専用のトイレのトイレットペーパーに先生たちの似顔絵を、主観情感たっぷりに描いただけなのに。
事情を語ったら、あっけからんに言うな! と頭を引っ叩かれた。
女なんだから女言葉を使えと言ったり、一護は細かいことに五月蠅いのだ。

「そんなことより、明日から夏休みだ!」

「なんか一気にテンション上がってんな……」

脱力したような一護に唇を尖らせる。

「だって夏休みだよ? 学生で一二を争う人気行事! その名も、夏休み!」

「夏休みは学校の公式行事じゃねぇぞー」

そのくらいわかってる、ということを暗に籠めて、脛を蹴り上げようとしたら、易々とかわされてしまった。
夏休みに盛り上がらないのは、そんなのと無縁な社会人か、ひいひい泣きをみる教師陣だ。夏休みは羽目を外す連中が街中を闊歩するのが常で、上へ下への大騒ぎになるらしい。
去年は一護と喧嘩吹っ掛けられて応戦してたら、警察にしょっ引かれそうになったんだよな……今年はそんなヘマしないぞ。
―――まあ、今年は一人で騒いでもつまんないから、大したことをするつもりは毛頭ない、けど。
ああ、しかし流れ的に誘わないと奇妙か。

「一護、夏休みどっか遊びいく? どうせ暇だよな!」

いいよ、どうせ答えは明白だ。

「決めつけんなよ」

案の定、一護は頭を掻きながら、決まり悪げに目を逸らした。

「ちょっと今年は色々立て込んでてな……悪いが付き合ってやれそうにない」

「え、まじで。何? 彼女でも出来た?」

それであたしを捨てようって魂胆なのね…!?
オペラ張りに大袈裟に嘆いてみせると、また頭を叩かれた。
だから痛いって。

「なんで問答無用でそっち方面になるんだよ! 所用だ、別に大したことない」

「本当に?」

意地の悪い質問だと自分でも思った。
帰ってくることを『識っている』あたしにとっては、軽い冗句だけど、ルキアを奪還する以前に、これから死線を潜ろうとしている一護にとっては酷な話。
だって気晴らしでもしないとやってらんない。

一護は、さりげない仕草で不意に真剣な眼差しになって、口を開いた。

「九月には会えるだろ」

その言葉に嘘がないことは他ならないあたしが最も判ってる。
それでも、見守ることしかできないあたしは、どうしようもないもどかしさに全身が掻き毟られる心地なのだ。
紙越しで面白がって読んでいるときには、全く感じなかったこれは、実際に一護に会い、悪友とまで名乗れるようになって、芽生えたものだ。

「―――うん、そだな。まあ、何が何だかわかんないけど、頑張れ」

「ああ、さんきゅ」

出くわしたときと同様、片手を上げて、擦れ違った。
離れる気配に、ぴたっと立ち止まって、ひっそり振り向く。

あの遠退くオレンジ色は、どこででも輝く。人の目を惹きつけずにいられない、強烈な瞬きだ。
あたしは、陰にもならないような些細な枠外の傍観者だけど、その光に包まれたい。
たとえ、それがこの世界の内にしか働かないのだとしても。異物のあたしには効果を発揮しないのだとしても。
いつかと夢見るだけは許されるはずだから。


手の届かない
(だから今は大人しく君らを見送るよ)
(頑張って、帰ってきて。お願いだから)


@のい様から!男前一護ありがとうございます!




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