―――時は、海賊時代。
海賊王になるため、ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)を目指す、浪漫を求めた世界。



そのひとつである麦藁一味は現在、仲間たちとともに"偉大なる航路(グランドライン)"に一番近い島、ローグタウンへと船を止めている。
それぞれ好きな場所へと散らばっているため、今や自由行動に近い。

麦藁帽子をかぶった少年、麦わら海賊団船長モンキー・D・ルフィ。通称【麦わらのルフィ】は今、海賊王が処刑された広場にいる。

「あった…」

首を上にあげ、くいるようにそれを見つめたルフィはそんな声で呟いた。彼にしては珍しい、物静かな声だった。

「観光かい?少年」

「ん?」

そんなとき、声をかけられたルフィは横を見る。しかし誰もいない、と思ったらいた。

刀を抱えた、黒くて長い、垂れた耳。

「…ウサギ?」

「残念、人間だよ」

「あ、ホントだ」

それはウサギ耳がついたフードで、そこからはみ出て見えた髪は真っ赤に燃える炎のよう。女が刀を抱えて座っていたんだというのがわかった。

「死刑台を見に来たの?」

「ああ!」

「旅行かい?」

「ちげぇぞ、海賊だ!」

「へえ、見えない」

「そうか?」

「うん。でもそっか、海賊なら興味あるよね」

女は顔を上げ、ポツリと呟いた。つられてルフィも、死刑台を見上げる。

「あそこで、海賊王が処刑された」

「そう、史上で一番"偉大な海賊"が、死んだ場所…」



――海賊時代の、始まりの場所だ。



沈黙の後、今度はルフィが女を見下ろした。

「おめえこの町のやつか?」

「そうだよ」

「なんでここにいるんだ?」

「なんでもなにも、死刑台見に来たからだよ。つってもここに来るとすぐ寝ちゃうんだけどね」

「寝るのか!?へんなヤツだなー!」

「はは、よく言われる」

女は笑ってフードを直そうとしたとき、突然ぐんと後ろに引っ張られた。否、正確にはルフィによってウサギ耳を捕まれ、フードを引っ剥がされた。

少しハネた赤い髪がサラリと揺れて、女の、中性的だけど幼さが残る容姿が露わになった。
思わぬ事態に目を見開き、女はルフィを見上げる。

「なに」

「おまえこれカッコイイなぁ!
ドクロみてえ!」

「は?…あ、あぁ」

ルフィが目をキラキラさせて見たそれは、女のこめかみ部分に描かれた刺青だった。黒丸の中心にバッテンに二本刺さった矢印で、確かにジョリー・ロジャーに似ていた。
わざわざ髪を刈ってそこに彫ったらしいソレは意外に大きく、フードをかぶってもチラチラと見えるほどだった。

ルフィはソレを見つけたのだろう、口より手が出るこの男は"ワクワク"で己の体を動かした。

「物心つく頃にはあった、かな」

「おもしれーなぁおまえ!」

「はあ、どうも…ん?誉められてんのかコレ」

「おまえ、おれと海賊やらねえか!」

「いやでも…って、あぃ?海賊?」

思考がトリップをしている最中、突然言われたことに一瞬頭がついて来なかった。理解した時、聞き返してきた女にルフィは嬉しそうに言った。

「そうだ海賊!おっもしれーぞ!」

「は?ちょ、初対面の人間にそれってどう…」

「おれはルフィ!おまえは?」

「あ、キイです」

「そうかキイ!仲間になってくれ!」

「聞いてくれ」

手を上げて目の前の少年を止めようとするが、本人は聞く耳持たずだった。

「悪いけど、海賊にはなれないよ」

「なんでだよ!」

「や、普通そんな急に出ていけないでしょ」

「んなもん知るか!おれが仲間になるって言ったらなるんだ!」

「俺様か。まずわたしが海賊なんて向いてないって、わたしの特技"逃げる"だよ?
海賊として致命的じゃん」

「んなことねえよ!決めつけんなよ!」

「決めつけんなっつってもなぁ…」

赤い髪をワシワシとかいてから、キイは閃いた。

「んじゃさ、『鬼ごっこ』しない?」

「ん?鬼ごっこ?」

「うん、わたしが逃げてキミが追いかける。キミがわたしを捕まえたら海賊になってあげる」

「ホントか!?」

「ホントホント」

にっこり笑って言ったキイにルフィはパッと目を輝かした。それゆえ彼はこのあっさりとした了承の中の本当の狙いに気づかなかったし、そもそも考えることすらなかった。

「じゃあわたしが逃げた3秒後に追いかけていいよ。」

「3秒でいいのか?」

「うん」

「おまえ海賊入りたいなら素直にいやいいだろ!」

「いやいやとんでもない」
「入りたくないから、3秒だよ」

勿論、「よっこいしょ」なんて年寄りくさいかけ声でゆっくり身を起こすときのキイが、ルフィの見えぬ陰でニヒルな笑みを浮かべてるなんてことも、知る由もない―――。

「・・・?わかった」

ぐっと、少し構えて脚にチカラを込める。

「よし、じゃあよーい…」

・・
どん。

――キイが、この“どん”というゲームスタートのかけ声をいうことはなかった。それは言わなくても彼女が逃げればルフィは追いかければいいというのがルールであったためでもあるだろうし、そこは人それぞれであるという考え方もある。

だが、確かに、“どん”という“音は”発せられた。

だれから、ではなく、確かに彼女は発したのだ。

声ではなく、“その脚が地面を蹴り上げる音”によって、“発せられた。”

だから、“彼女が発した”“どん”は、正確には――



―――――どんっ!!!!!



――という音になる。

あまりの衝撃にルフィは「うわっ!?」と声をあげ、尻餅をついてしまった。否、

“小柄でも男の体重のルフィが、衝撃で尻餅をついてしまうほどの脚力”だったのである。

「はえーなアイツ!」

「あーあー、にいちゃんラビットにつかまされたな」

もうもうと砂煙がたちあがり、すでにいないキイが消えた先を目をまん丸にしてみているルフィに、近くいた男が笑いながら声をかけた。覚醒したルフィが「ん?」と男のほうを向く。

「ラビット?あいつはキイだぞ?」

「ちがうよ。アイツのあだ名さ」

まるで自分のことかのように、男は嬉しそうに、得意気にいう。

「他所はどうかしらねえがな。ラビット…キイはこの街(ローグタウン)で一番足が速いのさ。」
「で、ついた名が脱兎のキイ(ダッシュ・ラビット)」

カラカラと笑う男を余所にいつの間にか俯くルフィは、何故か震えていた。

「で、ラビット。
何を賭けたか知らないが、諦めなにいちゃん。あいつと鬼ごっこで勝ったヤツいねーんだからな。あんたが海賊だったら、下手して逃げてると見せかけてスモーカーの所に連れてかれ「すげーな!あいつ!」…へ?」

「やっぱりあいつ、仲間にしてえ!!」

――まあぶっちゃけ、キイの企みに気づいたところで、ルフィが彼女を仲間にしたいことには変わりないのだけれど。

きらきらした目に思わず目を丸くする男に構わず、興奮するルフィは止まらない。

「は?」

「んなカンタンにあきらめてたまるか!絶対キイを仲間にするんだ!

ゴムゴムの…」

「うおー!」と雄たけび(?)をあげたルフィは、自らゴムの腕をキイが消えた先へと飛ばし建物にがしりとしがみつく。
ぐっ、と助走をつければあとは離すだけ。

「ロケットォ!!」

「おわあっ!?」

どん!!

キイほどではないが、充分すぎる威力で飛んでいったルフィ。再び舞い上がった煙と、ルフィが飛んで行った先を呆然と見つめる男の姿があった。



「…なんなんだ?」

(麦わらと兎)

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