「は?」

あの時のあの顔が、珍しすぎて今でも覚えている。

「だから、海軍に入る気はねェかと聞いたんだ」

――前日。

その時彼女は本当に驚いていたらしい。
素っ頓狂な声で、正しく“驚愕”の顔で男を凝視していた。(バー特製パスタを食べてた最中だったから、口が大きく開いたままだ)

何故なら男、白猟のスモーカーが、キスライトに海軍の勧誘を申し込んだから。

「…また、どうしたの急に」

「急ってこたねぇ、前から考えてたことだ」

ぶはぁ、と煙を吐き出しスモーカーは言う。

「確かにおまえは逃げ足しか取り柄がねぇが、それで海賊どもをおれに引き渡したんだ。それに仮にもお前は剣士だろう。
なんならおれが後ろ盾してやってもいいが」

「…本当にどうしちゃったのスモーカーくん…、タバコの吸いすぎで頭まで煙っちゃった?」

「殺すぞてめえ」

「ごめんなさい」

この二人が揃うとコントを見てるようだ。とバーの店主は後に語る。

「でも、やっぱりごめん。海軍はいいかなぁ」

こくん、とガラスに入った氷を軽く回して、キイは言う。
当然、そんな曖昧な言葉に納得する彼ではない。

「…なぜだ」

「えー…何でだろう、うーん…」

どこか遠い目をして、彼女は言った。
自身の額にある刺青を撫でる癖は相変わらずだ。

「やりたいこと、じゃない気がするから…かなぁ」





だんだん酷くなる嵐の中を、男三人は走る。否、一人は女を担いでいた。そしてその女、キイは――

「うえぇ…気持ちわる」

酔っていた。

「大丈夫かあ?」

「…そう思うならもっとゆっくりして」

「ごらあクソゴム!レディはもっとソフトに扱え!!」

「あー…どうもお気遣いなく…えっ〜と、」

「おれはか弱きウサギを守る騎士。サンジと呼んでくださいキューティラビット」

「あー、はあ…」

「なあーキイ、まだ決まんないか?」

「へ?なにが」

「だから、海賊になることだよぉ」

「は…、」

その言葉に、素直に驚いた。
ルフィが問うた答えに。彼が言ったからこそ、驚いた。
今、こうして自分を攫って(?)はいるが、彼は待ってくれてるのだ。

覚悟が、決まることを。

失礼な話、そこまで気を使う性格だとは思わなかった。
そう思った、その時。

「ロロノア・ゾロ!!!」

彼らの前に立ちふさがったのはキイの友人、もとい海軍本部曹長のたしぎだ。

「名刀“和道一文字”回収します」

「………やってみな」

ガキィン

「先行ってろ」

「おう」

ちなみに、キイがたしぎに気づいたのはルフィが通り過ぎた後。
つまり、たしぎの後姿で気づいたわけで。

「あれーたしぎじゃん」

「!?
え?キイちゃん!?」

やほー、なんてのんきに手を振る兎耳を見て、たしぎの士気があがった。

「あなた達、キイちゃんまで攫うなんて…許さない!」

「ああ?おれたちゃ海賊だぜ?」

ゾロは挑発的に、にやり、と笑ってみせた。

「…なんかごめん、あおった。」

「ゾロなら大丈夫だ!!」

「ならいいけど…」

そう言って一本道を走っているうちに、またしても道を塞ぐものがいた。

「何だ誰かいる!!」

「またか」

「は?誰が…」

「来たな、麦わらのルフィ」

「…げ、って、ぉわぁああ〜…!」

「!!キイ!?」

「キイちゃん!!」

その声を聞いたキイが、苦虫を噛んだような顔をした瞬間、身体が煙に巻かれ、中に浮いた。
道を塞ぐ度ころじゃない、ラスボスだ。

「いたっ!」

バスン、と落ちた場所はそのラスボスのバイク。

「得意の逃げ足はどうした。バカ兎」

起き上がれば白いジャケットに“正義”を背負った男。
その顔は見えないが、相変わらず“正義”には似合わない悪人面なのだろう。

「はは…。容赦ねー」

「お前誰だ!!キイ返せ!!」

「おれの名はスモーカー。“海軍本部”の大佐だ」

「コイツは渡さん。そして、

お前を海へは行かせねェ!!!」

「!!?」

「あ、あー…」

“白猟のスモーカー”
彼もまた、悪魔の実を食した“モクモクの実”の能力者だ。
スモーカーが体を煙化させてルフィを捕らえ、サンジが顔面に向かって蹴りを放つが、それも頭ごと煙化させて回避し、サンジを壁へ勢いよく叩きつけた。

「こんにゃろう!!キイを返せ!!」

スモーカーに飛びつくルフィに、目を回しながらもサンジは無意識に舌打ちをした。
ナミが言うことに間違いは無いのだから、さっさと町を出なければならない。だと言うのにこの厄介な男の登場だ。キイも取り戻さなければならないというのに。

そうこうしているうちに、ルフィが地面へと押し付けれられてしまった。

「フン、悪運尽きたな」

ガチャリ。スモーカーが背負う十手に手をかけた――。

がきんっ!!

「!?」

「?なんだなんだ!?」

しかしその十手がルフィに届くことは無かった。代わりに弾き返した際、スモーカーは、彼は見たのだ。

「…………!」

赤く揺らめくそれは面妖で、しかし不覚にも、美しいと感じてしまった。
ニヒルに口角を吊り上げる女の笑みを――。

ぎぃん!

「…手前、何のつもりだ」

その瞳の意思は言わずもなが、しかし聞かずにはいられない。
睨まれても彼女はその清々しい笑みをやめることは無い。

「ごめんね。体が勝手に動いちゃった」

肩に刀を担ぎ、すう、と雨の匂いをたくさん吸い込んだ。

「スモーカーくん。


わたし、海賊やる」

「!!!」

誇らしげに、彼女は言った。

「キイちゃん…」

「キイー!!本当か!?」

「今から敵同士ね。スモーカー大佐!!」

「……」

にっ。と珍しく楽しそうなキイが告げるはまるで遊びを始めた幼子のよう。
その目に宿る光と、スモーカーの瞳が重なった。

「…そうか」

そうスモーカーが呟けば、彼は十手を構え、彼女はスラリと刀身を引き抜いた。

「ならばおれは、手前を捕まえるまでだ…!」

緊迫としたその空気。二つの刃が交えようとして、

――――ザッ

その腕を遮る、大きな影がスモーカーの背後を覆った。

「?」

「!!!?……てめェは………!!!」

「何だ!!?誰だ!?誰だ!?」

黒いマントに身を包んだ大柄の男。顔の右半分には大きな刺青が刻まれている。
ルフィは未だスモーカーに押さえつけられてその姿を見ることは無い。彼は男の存在を知っているらしく、かと言って仲の良い友人と言うわけでもなさそうだ。

「政府はてめェの首を欲しがってるぜ」

「世界は我々の答えを待っている…!!!」

互いの殺気篭った視線が交わった瞬間、風が舞った。


――ドゴオン!!!


「突風だァ!!!!」

「わああああ!!」

まるで大砲のような突風に海軍諸共吹っ飛んだ。

「うわっ!」

勿論、体の軽いキイも例外じゃない。
ぶわりと浮き上がり、海軍たちの二の前になるかと思いきや、キイより幾分小さな、しかしがっしりとした男の体が彼女を受け止めた。

「!ルフィ…ぉうっ!?」

キイを受け止めたのはルフィだったわけだが、当の本人の耳にその呟きは届かなかったようだ。いきなりぐりんっとキイの体を己と対面させる。その目は興奮で爛々と輝いている。

「仲間になるって、言ったか!!?」

「え…うん。海賊やるって…まあ変わんないけど――」

「おいルフィ走れ!!!島に閉じ込められるぞ!!!
グズグズすんな!!!」

「わ、何だ!?何だよ一体!!!」

「ナミさんが言ってたのはこういうことか〜〜〜っ!!!」

二人が立ち止まり話していると、後からやってきたゾロが大慌てでルフィの体を持ち上げ走る。キイも慌ててそれについていこうとして、

「キイ!!!」

スモーカーの声が、自分を呼んでいる。
振り返ろうとしたが、やめた。

「…!」

スモーカーが最後に見た姿。それは先ほどのニヒルなそれではなく、柔らかく、そして楽しそうにあげた口端だった。


悪友の兎が、化け物の許から去って行った、瞬間である。


長い長い海での旅の路上。

いつか出会える時が来たるれば、その日まで――。



(交差路でお別れを)

@ぶっちゃけ交差路じゃないけどね(ヲイ)

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