「やま……………え?」




一瞬何を言ったのか解らなくて、しかし龍は確かに、ヤマトを見てこう言った。



ヤマト大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)



彼女が違う意味で固まったことに気づいているのかいないのか、龍は一人と一匹を見渡すよう向き直った。

「御許らがこの世を去られて幾星霜(いくせいそう)
時世経て久しくなりにけるも この蘇神
ひと時も欠くことなく 今日の日を待ち申しけり
御許のお隠れの際に 転び出でし 十三の筆神は
この広い人界に惑い 散り散りになりにけり」

…正直に言うと、何を言っているのかがサッパリわからない。

否。完全にわからないことはないが、雰囲気と言うか感覚で意味が伝わる程度であり、言葉自体はお手上げだ。(この説明自体どう言えばいいかわからないのを察して欲しい)
如何にも昔っぽい風景や敷地に放り出された身だが、彼女は曲がりなりにも現代日本人である。

ヤマト…なんて言った?神サマ?

誰が? 私が?そんなバカな。私はただの人間で、普通の一般人のはずだ。

なのに、神サマ?

「慈母の力取り戻すがせられせば、共に地母の失はれし力も蘇るならむ。」

…失われし…力?

「我は天の星座となりて生き長らえたるを
今一度 御許に使わせ 失せ物の蘇るを見継がせ給え!
この力あらば枯れた天の川など 忽(たちま)ち星くずで溢れさせ給いぬ」

蘇神はそういうと、淡い光に変化して、そのままアマテラスの身体へと解けていった。

「………………。」

「い…今のは画龍の神サマ蘇神じゃねェか!なんでそんなモンが出てきてお前に宿るんだァ!?」

景色が元に戻り、はっと我に返ったイッスンは信じられない、訳が分からないと叫んだ。

今までその力を使っていた神が今ここで現れ、あまつさえそれがアマテラスへとその力が吸収された。あまりに突然のことに驚くのは無理も無い。
ただそれを聞いてやれるほどの余裕も、ヤマトには無かった。

つまり、この龍は蘇神と言う十三の筆神の一つであり、アマテラスが死んでしまってから長い時を経てこの瞬間を待ち望んでいた。そしてその十三の筆神――蘇神を抜いてあと十二の筆神はこの地に散らばっていて――、

「この力で天の川を蘇らせるってまさかお前――オイラみたいに筆業を使えるんじゃ…?」

まさか、とまくしたてるイッスンは一瞬黙ってまた続ける。

「…いや、まさかなァ。この幻と呼ばれた神業、おいそれと真似出来るはずがねェや!」

そう。普通の人間――ましてや畜生に神の真似事ができる筈がない。できてたまるかと。
それに反応したのはアマテラスで、怒ったのか閃いたのか、急にUターンをして坂を駆け下りた。その上に跨るヤマトは悶々と脳内の整理に勤しんでいた為、突然の揺れに「ひゃん!」と思わずアマテラスの白い毛を強く掴んだ。ただでさえ立ち上がれない彼女が僅かな力を使ってその毛にしがみつく様は、正に火事場の馬鹿力と言うやつ奴だろう。

「もしかして筆技で星くずを描けば川が蘇るんじゃあ?」

アマテラスが止まったのは先の天の川。それを怪しげにじぃっと見てイッスンが言えば、それを待っていたかのように天の川をじぃっと見るアマテラス。実際はただ呆けるようにも見えるが、

「・・・イヤ橋は直せてもさすがに星の川を描くなんて――そんな大それたこといくら何でも出来るはずがねェや!」

そうイッスンは言った。

まさか。とヤマトは言った。

それは呟くより小さく、言葉を放った自分すら何を言ったか聞こえなかった。

けれど、まさかなのだ。

ヤマト達の目の前には、眩しいほどの光、光、光――。
それはさながら都会で見るビルや建物の夜景のような。

「な、な、な、…何だとォ!?」

それはまさしく『天の川』だったのだ。

「志はホントに天の川だったってのかィ?」

「………すごい。」

ヤマトはまた無意識に呟く。すごい。としか言えなかった。星が、光の粒が眼の中に飛び込むかのようで、

「…って、え!」

そして突然駆け出したと思えば、そのまま真っ直ぐ川へと突っ込んで行った。
どぼん!大きな水音がとキラキラ輝く水しぶきがヤマトたちを包む。目指す先はこの川の先なのだが、アマテラスが川を渡っている間、ヤマトに至福の一時を与えてくれた。

「………キミが、やったの?」

優しく白い美しい毛を撫でると、アマテラスは嬉しそうに鼻を鳴らした。



光り輝く社の中。美しい大地、美しい湖。まさに聖地と言える場所の鳥居を潜りを長い階段を登り、見つけたのは洞窟。アマテラスが迷いもなく入るとその入口が太い丸太の柵に閉ざされてしまった。

しかしそれよりもイッスンは重要なものを見つけたらしい。

「こ、ここはもしかして――神話に出てくるイザナギ窟じゃねェか!?」

百年前、白い狼白野威(シラヌイ)を従えた怪物退治をしたと言う、伝説の英雄イザナギを祀った祠。

天の川やイザナギ窟――それが何故ここに?

「一体オイラたちはどこへ迷い込んじまったんだァ?」

イッスンの言う事ももっとものなのだが、この洞窟、もといイザナギ窟をキョロキョロと眺めたヤマトがぽろりと口にした。

「・・・荒れてるねえ」

特に彼女が見る先――イザナギ像が掲げている剣、だったもの。

「ほんとだァ、ボロボロに崩れてひでェありさまだァ。あれじゃ神サマの加護もあったもんじゃねェや…」

眺めていたヤマトもそれは同意で、ふとアマテラスを見下ろす。

「アマテラス。あれ・・・直せる?」

ヤマトに視線を合わせ、見上げてくるアマテラスは、ヤマトのその疑問に答えたかのようにイザナギ像に視線を移す。


「おお…」

「や・・・やっぱり今までの筆業はお前の仕業だったのかァ!?そんな筆遣いが出来るたァお前一体・・・」

イッスンの言うとおり、イザナギ像の手に見事な鋭い剣を蘇らせたと同時に、また空が輝きだした。今度は空が見えない洞窟の中で。

そして現れた筆神は――

「…ネズミ?」

星座が具現化して現れた姿は小さな可愛らしい鼠。しかしその腰に付けた剣を抜けば、その小さい体の何倍もある大きく鋭い一太刀。

「おお…我らが慈母アマテラス大神」

可愛らしい声の持ち主は、あの蘇神のようにアマテラスを、そしてヤマトを一瞥する。

「そして地母ヤマト大国魂神」

「物の怪 蔓延る塵界(じんかい)で 我が身を隠せるのは 
古(いにしえ)の英雄を祀るこの細やかなる 祠のみなりけり
万象の神たる御許を 助くる事こそ我が務めなれば
退魔の剣舞を以って 悪を祓う大役
この断神に預けられよ!」



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