「大神たる貴方なら必ずや正しき道を見出し――その神業で天地万有を生成化育し給う事でしょう」

「そして時を同じに――土に眠りし彼の方も目覚めることでしょう」

「“彼の方”ぁ!?誰だぃそいつはァ?」

「我らが地の母なる姿です。このサクヤ、“あの時”より一時も彼の方を忘れた事など御座いませぬ。」

「冷たい土の中で、彼の方は眠り続けております、待ち続けております。慈母とまたお会いできる時を、永遠に。」

「サクヤの姉ちゃん…?」

「そして目覚めた時より、彼の方には様々な困難が待ち受けることでしょう、アマテラス。アナタしかいないのです。彼の方を護れる者は、アナタしか居られないのです。」

ふわりと舞い落ちたのは純真で儚さを思い起こされる桃色の布。

「彼の方が目覚められた其の時は、これをお渡しください。
そして、このサクヤの言伝をお伝えたもうごさいます」

貴女が帰ってこられることを、サクヤは心よりお待ちしておりました。
 






「…って、サクヤの姉ちゃんは言ってたぜェ?」

「はぁ…。」

外のおどろおどろしい空気はガラリと変わり、まるで別世界のようなここは唯一光輝いていた大木の中だった。
イッスンの提案で、その中を探索することになったヤマト達。アマテラスの好意により背に乗せてもらっている。彼女の素肌をスッポリと覆うサクヤから貰った桃色の布と、彼女の地面を引きずってしまうほどの真っ黒な長髪が綺麗な夜空を舞う。
そんな中で、そもそもどういった経緯でヤマトが発掘されたのかを探索ついでに説明して貰っていた。

この美し過ぎるほどの布をくれた木精サクヤ姫。まるでヤマトの生まれたままの姿を予想していたかのようにその布を託し、彼女への言伝まで頼んだとイッスンは言う。


「何だいもう元の神木の姿に戻っちまうのかィ?
…それにしてもサクヤの姉ちゃんおかしな事言ってたなァ。村の魂を果実の中に守ったとか…土ン中の彼の方が目覚めるとか…。

あの実だなァ?…切り落とせば村が蘇るって姉ちゃんが言ってたのは。…でもあの高さじゃ何か特別な力がでもあの高さじゃ何か特別な力でもない限りどうやっても届かないぜ…っておわァ!?」


「な…何やってんだァ毛むくじゃらァ!?」




「そこで、この毛むくじゃらがいきなり神木の近くを掘りまくって、中からアンタが掘り起こされたってわけよォ」

そう捲し上げると一寸は一度だけピタリと立ち止まった。

「…しかしアンタ、サクヤの姉ちゃんのこと知ってたのかィ?そもそもなんで土ン中に埋まってたんだよォ?」

「しかも素っ裸で。まさか砂風呂でもやってた訳じゃねぇだろうなァ?」アマテラスの頭の上でまた飛び跳ねはじめたイッスンは、それなりに警戒しつつヤマトに聞いた。当然と言えば当然である。

「んー…まぁ、わたしもよくわかってないんだよなあ・・・ここが何処だかもわかんないし」

「それに、…」

あの冷たい感覚は、正に―…

「…ヤマトの姉ちゃん?」

「あ、ごめんなんでもない」

いけない、と無意識に首を振った。心の臓がドクドクと鳴った。嫌な事は思い出すものじゃない。なぜかはわからないが、今こうして無事なのだから。

「…ま、夢の旅だと思っとくよ」

「?なにいってんだァ姉ちゃん…って、アレェ?」

楽観的なヤマトのカラカラと笑う声に首を傾けたイッスンは何かに気付いた。それはイッスンが乗っているアマテラスも同様で、ピタリとその前に立ち止まった。ヤマト達の前には、真ん中がスッポリなくなってしまった橋であったもの。その下は意外に高く、降りると言う選択肢は無理そうだ。

「橋が壊れちまってらァ。」

「ほんとだ・・・渡れないね」

「ンなこたあねぇぜェ。丁度いいや、お前…アマテラスって言ったなァ」

小さすぎて見えないが、恐らくニヤリと笑っているのだろう。イッスンはアマテラスとヤマトにそう話を振った。

「アマ公、それにヤマト姉。お前ら、筆魂って言葉を知ってるか?」

「筆魂…?」

アマ公…まぁそんなあだ名は置いておくとして、聞いたことの無い単語に今度はヤマトが首を傾ける番だった。イッスンは得意げに語りだす。

「“活きのいい筆書きには魂が宿る”ってお話さァ。百聞は一見に如かずだィ、まァ見てなァ!」

そういうとイッスンはおもむろに筆を取り出し、そのぽっかり空いてしまった橋へそれを走らせた。見た感じでは何をやっているかがさっぱりなのだが、ふと橋見ると、ヤマトはその眼をまん丸にした。

「え・・・!」

橋が直っているのだ。それはもう、まるで新品のように。つい最近架けられたかのような橋に。「へっへ、どんなもんだィ!」イッスンはさっきよりせわしくアマテラスの額をかけ跳ねた。

「これがオイラの筆業、その名も画龍だァ!」

「がりょう…?」

「画龍ってのは筆で描いたものに魂を宿す筆業の一つで、失われた物の復活を司る筆神サマの力なのさァ。」

何でもイッスンは、この業一つを極めるのに相当な修行をしたのだそうで。

「この世には全部で十三もの筆神サマがいるんだぜェ!」

曰く、十三の筆神サマは元々一人の神サマであり、
曰く、神サマが死んだとき、十三の力が国中バラバラに散り、
曰く、それが世の庶物に宿り筆神サマに姿を変えた。

「一体どんなふうに十三もの業を使いこなしてたんだろうなァ…」

アマテラスが直った橋を渡りながら、そうイッスンは言う。彼の発言からして、その筆神、そして筆業に興味があるのだろう。

「イッスンって、絵が上手いんだってね。やっぱりそういうの気になる?」

「ン?まァ…そんなとこかねェ・・・って、お?」

曖昧に答えたイッスンは今度は何を見つけたのか、アマテラスの頭から飛び降りてそこに向かう。また中途半端に途絶えた橋の先には、ゆらゆらと霧が蠢く川があった。そばの石建てにはこう綴ってある。

『神流 天の川』

「天の川…」

ヤマトはポツリと呟いた。天の川は本来、オリヒメと彦星が七夕の日に出会うための架け橋となる川。そして彼女の日常では銀河と呼ばれる、その名の通り天に輝く幾多の星の川。しかしその川に見えるのは霧が揺らめくただの川で、とても『天の』川には見えない。「まさかあの水溜りが…?」と怪訝に言うイッスンが、言うとおり、お世辞にも星と例えられるものがコレといって見当たらない。
そんなわけでほかを探索しようと鳥居をくぐり、丁度夜空が見渡せる場所に行き着いた。

「ひゃあ〜星が見事に輝いてらァ!」

ヤマトもその星達に口をほう、と空けた。こんなに沢山の星は都会じゃなかなか見れないと思うほどのイルミネーションが暗い空で輝いていた。指を差すイッスンも、ここまで綺麗な星空は久しぶりなんだとか。

「見ろよォ、あそこに並んだ星なんか南下の形に見えてこねェか?」

「…そう?」

指の先(とは言っても指が見えない。)にある特別光輝く星。しかし彼は難しそうな声を上げた。

「う〜ん…何だか星が一つ足りねェなァ。

よォし、…それじゃあ一丁オイラが星を描き足してやるかァ!」

そう言ってまた筆を取り出したイッスンに、「おおー」とヤマトは感嘆な声をあげた。後ろでワクワクしているヤマトを前に、イッスンがちょん、と夜空に向かい筆を下ろした。そして・・・

「……」

「……・・・・」

「…なァんてよォ。さすがに星を描き足すなんてオイラにゃまだ無理かァ」

「出来ないんかい」

そうヤマトが突っ込むと、イッスンは焦ったようにヤマトの方へ向いた。

「う、うううるせェやィ!こんなもんいつかオイラだってチョチョーイとやってやんだからなァ!」

「ええー…まぁどれだけの修行かは知らないけど、それがそんなに難しいならそう簡単に」

その時、

ちょん。と、なにかが乗ったかのような音。「ん?」と二人がそれを見ると、そこには、正に星が描き足されるではないか。そして、

「・・・・・・!!!!」

ヤマトは呆けて開いた口を閉じることが出来なかった。だってそうだ。星から現れのは、紛れも無い龍の姿なのだから。

『おお…我らが慈母アマテラス大神』

星座より召還(?)されたのは真っ白な龍だった。その顔にはアマテラスと似て非なる赤の隈取が縁取られ、その身体には字や絵を描く和紙の巻物が絡まれて、その手足には某龍の玉のような、それぞれ色の違う玉が握られている。ついでにいうなら尾が筆の形だ。

龍は開口一番、そう言った。

天照大神。アマテラスなんて名前、今のところこのお惚け顔の狼しかいない。
そしてこんどは、ぽかん。と驚いた顔のまま見上げるヤマトへ龍は長い首を動かした。
一瞬肩を上下させるヤマトに、再び龍は口を開いた。









「そして…我らが地母ヤマト大国魂神(やまとのおおくにたまのかみ)」



@アマ公が出なくてごめんなさい。
サクヤ姫の口調が似非すぎてごめんなさい。



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