「…」

壁に寄りかかり、あさっての方向を見ていた朧は、キイたちに振り返った。

「なあ、ちとし遅くね?」

「…そういえばそうだな」

ジャンケンで負けてパシリ中なちとしなわけだが、自販機はそこまで遠い距離ではないし、彼自身しっかりしてるのでだらだらとすることは無いのだ。そういう意味ではちとしが戻ってくるのに少し時間がかかってることに朧は気づいた。キイたちもそれを知っているので「確かに、」と首を傾けた。そして、朧はふと呟いたのだ。

「ドッペルゲンガーに襲われてたりして」

「「まっさかー」」

彼自身冗談のつもりで言ったが、彼らの返事は即効だった。しかし朧はまた軽いノリで続ける。

「いや、わかんねーよ?」

背後から来る人物に、まだ気づかないで。

「一人ずつ狙われるなんて王道じゃん?こうのんびりしてるうちにさ、」

肩をすくめて、おどけた瞬間だった。

「背後からドーンと」

ド ン ッ

ドカアアアアアン

「うわ!?」

「おっ!?」

因みに、朧が寄りかかっていたのは壁の丁度突き当たりである。
そしてその突き当りから何かは飛び出し、朧の顔のスレスレを横切ったのだ。

「……………………。」

「な、なんだ!?」

耳のすぐそばで飛び出した衝撃は朧の顔をかすめた。彼が寄りかかっていた壁は半崩壊に近い。飛び出した何かに真知が驚き、キイと鉄男も意識が煙幕の方へ向いている中、朧は頬から自らの血が滴る感触に、言わずとも頬が引きつり背筋を振るわせた。(ついでに言うなら顔が真っ青だったし、ちょっと涙が出てきた。)

一方、飛び出した何かは真正面の壁にぶち当たり、もうもうと煙が舞い上がる中から転がり出てきた。

「はぁ、はぁ…!」

「…あれ?」

現れたのは、顔を真っ青に染めたちとしだった。

「…ちとし?」

「な、なんなんだ、あれ…!」

薄れかかっている煙へ恐怖の目を向けた先には、二つの金色。
ゾクリと背後から感じる殺気に、背筋が凍った。しかし凍る、なんて暇もなかった。
金色がちとしに向かって勢いよく飛び出してきたのだから。

「きゃああぁあぁあぁぁあ」

ドゴォッ

悲鳴を上げながらも頭を庇うようにして、何とかそれを避けることができた。しかしちとしがいた場所はまるで隕石が落ちてきたかのようにクレーターが出来ていた。回避した後、がくがくと震える膝にムチ打って立たせ、彼を攻撃した対象を見る。

「おいおい、もう終わりか?」

薄れ掛けた煙幕から這い出てきたのは、ちとしだった。
怯えている方のちとしではなく、彼がもう一人立っている。ちとしが、二人いるのだ。しかもそのちとしは普段とは違って、いつもの柔らかさは垣間見えず、口は三日月につりあげ、金色の瞳は狂喜染みて爛々と輝いている。怯えているちとしとはまるで対象的だ。

「……」

そして、真知はそんな二人のちとしを交互に見て、そして見かねたようにため息を吐き出した。

「あーあーこんなめっちゃくちゃにしやがって…」

後ろから聞こえた真知の声に振り向き、案外近くに立っていたキイと真知にビクッと肩を震わせつつ、とっさに近づいて懇願した。

「た、助けて…!」

本来なら、いつものやさしいちとしが怯えている。と手を貸すべきなのだろう。しかし、

「お前もっと加減できねえのか?」

「ちとしー大丈夫?」

(え…、えー――――――!?)

キイたちは目の前の怯えるちとしに全く見向きもせず、金色の瞳を持つちとしに向かって話しかけていたのだ。まるで、悪人面のちとしが本物のちとしだと言うように。

「おう。トッペルゲンガー、連れてきたぜ」

「なっちんどうしたの」

「あ?置いてきたに決まってんだろ」

「ジャンケン負けたんだからちゃんと持ってこないとー」

「けっ、わかったよ。」

「な、なんで…!」

「「ん?」」

怯えるちとし改め偽ちとし(らしい)は本物のちとしを震える指で差し、裏返しな声を絞り出す。

「ああ、ちとしは送り犬っていう妖怪だよー」

「へ…!?うそお!!」

「ほんとだよー因みにー」

【送り犬】とは――

夜中に山道を歩くと後ろからぴたりとついてくる犬・・・。
もし何かの拍子で転んでしまうとたちまち食い殺されてしまうが、転んでも「どっこいしょ」と座ったように見せかけたり、「しんどいわ」とため息交じりに座り転んだのではなく少し休憩をとる振りをすれば襲いかかってこないと言われている。



「妖怪…!?」

「――つまりーこのちとしくんは喧嘩上等卑怯卑劣最低最悪妖怪送り犬なんだけどーあるとき調子に乗ってある神様に喧嘩売っちゃったもんだから見返りに妖力の本の髪の毛をごっそり斬られちゃってー昼は乙男(オトメン)日が落ちれば妖力戻ってが忽ち狼男になるのだー」

「なんか止めろそれ」

低いテンションで上乗せするキイだが、ちとしはその説明が不満らしく額に血管が浮いている。しかしれだけじゃ、偽ちとしは納得ができなかった。

「よ、妖力をそこまで隠しきれるわけが!」

初めてちとしに近づいた時、妖力を全くと言っていいほど感じ無かった。だから襲うことも出来ると確信していたのに。

「ああ、そりゃこの恰好(コレ)のせいだろう」

ちとしはぐい、と自身の制服スカートを軽く引っ張った。

「おまじないってやつだ。昼でもマシに動けるようにってよ。もっとも、発案者はうちのリーダーだけどな」

そもそも、身体が弱い男児が女性の着物を着るというものだったおまじない。それをキイがちとしに進めたのだ。

「しかも?まだあの時ゃパシリでテンションがた落ちだったんだが、アンタがあんまりにも物騒なこと言うからさあ。血が騒いじまったよ」

にやり、と、妖艶な笑みを浮かべて偽ちとしに近づく。月を背後に乗せた、月色の瞳を持つ彼は、まるで月を背負った狼のようで。

「相手を間違えたなぁ、ドッペルゲンガー」

じりじりと近づくちとしに、ドッペルゲンガーは上ずった声で彼らを指差した。

「な、なんなんだおまえ…。俺が、オイラが怖くないのか…!
何者なんだお前ら…!】

ざり、とまた一歩進んで、ちとしが口角を吊り上げた。

「妖万部だよ」





@こう、余裕ぶってる人の怯える姿は楽しいです。

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