「さぁ、勘弁しなドッペルゲンガー」

一歩前へ出るちとしを見て旋律が走るドッペルゲンガーは同じように一歩後ずさる。

しかし「…いや、」とちとしは訂正する。

「“尻尾”を見せろと言うべきか?“化け狐”」

「っえ!?」

偽ちとしは思わずと言った感じの声を上げた。ビクリ、と盛大に肩を跳ねて。

「専門家がいるもんでね。曰く――」

『青い炎、変化の術。

ドッペルゲンガーの実証は見たこたねえがそいつがまず炎を吹くなんて聞いたことが無い。間違いなくドッペルゲンガーでは無いだろう。
アレだ、多分化け狐だか化け狸とかそっちじゃね』

『曖昧だなアンタ!テキトーか!』


「で、おれはこんなんだが鼻はいいほうだ。犬だからな。都会の匂いが混じってはいたが、獣臭いぜ。田舎モン」

「…!」

驚愕と言うより、恐怖と言うべきか、動揺と言うべきか、揺れる瞳に構わずちとしは続ける。

「事情は知らねえけどさ、都会にはしゃいで面倒くせえことしてんなよ。死人が出ないのはいいことだが、それも出来ない“小物”にやいやい騒がれてもつまんねぇだけ――」

そこで、気付いた。偽ちとしの目が、恐怖から怒りに変わっていたことに。
獣らしい、ギラギラした眼が彼の本当の眼を表してるかのようで。

【お前も…馬鹿にするのか】

「あ?」

【お前も…オイラを小物と言うのか…!オイラを…落ちこぼれと言うのか……!】

どうやらちとしの“小物”発言に反応したらしい。いつの間にかちとしの物ではない鋭い牙をむき出しにして、獣は唸る。
このままではちとしに襲い掛かる勢いである。先ほどから見て、この獣は感情が豊かなようだから。豊かと言うか、単純に素直といえばいいのか。
それを見てちとしはチラリと自身の獣の牙を見せて笑う。来るなら来いと、誘うかのように。

「ちとしーちょっと落ち着きなさいな」

しかしそれを見たキイが「ちょっとちょっと」と手をまねくようにふった。俗にいう、おばさんがくせなのか掌を上下に振るあれである。

ちとしの肩に手を置いて、(「ちっ」と舌打ちが聞こえたのは置いておくとして)偽ちとしへと向き直る。キイがどう思って仲裁に入ったかはわからないが、ほっておけば襲い掛かかったであろう偽ちとしが、今度こそちとしに返り討ちにされることは目に見えてるため、妥当な判断であることは否めない。


「君もそんなカッカしなさんなー。うちらはねーただちょーっとあってほしい子がい―――」


ぼふんっ!!


唐突だった。
決して破壊力のあるわけではない、それでいて割と威力のある暴風と煙がキイたちを包み込んだ。

「!」

「な、煙幕…!?」

「ぎゃ…ッえ”っほッげぇほえ”ほッ!!」

何が起こったか。
キイがちとしに化けたドッペルゲンガーを説得しようと前に出たとき、そのドッペルゲンガーが爆発したのだ。ただそれは自爆ではなく、自らの身体から煙幕があふれ出て眼くらましになった。(因みに上からキイ、真知、朧である。)つまり、

「逃げる気かよ・・・!」

そういうちとしの顔はにやりとつりあがっていて、獲物を狙う狼のようなその目は夜のちとしを知ってる者にとってはいつものことだった。すぐさま煙幕を抜け辺りを見渡すが、偽ちとしの姿は見えない。逃げ足の速い。二度目の舌打ちをして空を仰ぐ。その間ようやく晴れた煙幕からキイたちが抜け出すのを見て其方を向いた。

「臭いまで消すたぁ器用なこった。おいキイ、これから…」

言いかけて、はた。と目を見開いた。

「おい全員だいじょう……」

「げほ…なんか言ったかちと、……し…」

真知も朧も、晴れた煙幕で見えたちとしを見て、それからちとしの目線を追った。もれなく二人ともちとしと同じ顔になった。

「…けむ…ん?」

キイもちとしの表情に何があったとその先を見ようとした。けれど無理だった。なぜか三人ともこちらを見ていたから。

「「お?」」

キイの、否、“キイたち”の声重なり、そして朧だけはすぐにその顔から脱出した。

「ああああああああああ!?」

“二人のキイ”を指差して、絶叫した。










三・今時同じ顔をした人間なんて百人いる

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