「ふーん…」

志が話し終わったころ、最初にそう相打ちを打ったのは朧だった。
声色こそあまり興味がなさそうだがその表情は意外そうで、どこか物思いにふけっているようだ。そしてそれは部員全員が似たようなもので。

「真夜中の通り魔がか弱き女子を助けたってか」

「青い炎ねえ…」

「な?それって、いいひとやろ?」

「いい人ったて、あのなぁ。一応ソイツ通り魔で、しかも怪我したやつだっているんだぞ?」

「人かさえ、ちょっとわかんないけど…」珍しく朧が神妙な顔で人差し指を立てて志に向け説得するかのような説明をする。決して無用心では無いし、頭だってキレるほうなのだが、この少女は人より少々お気楽というか、楽観主義者というか、感性がずれている傾向がある。ある意味部長のキイと同等の類かもしれない(さすがにキイほどではない)。

「でも、助けてくれたからきっとええ子やん」

だからこそ“今”、彼女は“この場”にいるのかも知れない。
志はキイの手をやさしく包み、ふんわりと笑い、首をこてんと傾けた。



「……お前らさあ、」

場所は変わり、理科準備室に来たキイたちを待っていた人物は(キイの後ろでは茲が控えめに男を見ている。)、加えている煙草を肺から吸い、口から鼻から煙を吐き出しつつ再び口を開いた。
しかし「ぶはぁ」と吐き出されたそれは煙草の煙だけではないのだろう。

「町を部分破壊するわ、部室半壊させるわ、今度は何だ?夜の町繰り出して巷で噂のドッペルゲンガーとっ捕まえる?…頼むから俺の立場も考えてくれ青少年ども。お前らの後始末を誰がやってると思ってんだ?あ?」

【臥真嘉高校教師(理科・科学担当)
妖万部顧問 野田鉄男】

真っ黒い天然パーマの頭をぼりぼりとかいて、眼鏡をかけたくわえ煙草。おまけに理科教師の癖に白衣を纏っていない。今は上着をを脱いでいるため派手な色のYシャツが彼を目立たせている。因みに、この臥真嘉高校(フシ高と略されている)は指定のYシャツと指定のズボン、スカートを着用していれば基本制服の改造は否まれていない。キイのネクタイや朧の袖出しがいい例だ。そして、生徒の見本であるはずの教師、鉄男はそういうのを全部取っ払ったような大人である。

しかし鉄男の言葉に申し訳そうにするわけでもなく、妖万部の副部長真知はジト目の視線をよこした。(朧は苦笑いをしていたが、似たようなものである。)

「なに言ってんだ、普段ほとんど手伝わねークセして」

「ていうか、ぶっちゃけテツは連絡しただけでソイツらキイの義理立てだろ」

キイたちの担任でもある鉄男は、冷たい批判にも気怠い表情を変えず、また気だるそうに頭を掻きつつ煙草を摘む手で彼らを指す。

「アホか。修理タダで承けもってくれるのはいいけどな、『テロでもあったのか』みたいな音を誤魔化すのに校長やらPTAやらに睨まれてんだよ」

「その誤魔化すのに『思春期だから』とか言ってりゃイヤでも睨まれるんじゃねーの」

ぐだぐだと長引く会話をキイの傍で見ていた志は、実は鉄男とはあまり接点がなかったな、と思う。挨拶や短い会話なら多少はあるが、それだけであって。彼はキイたち妖万部の顧問らしいが、やはり調べたりするにはいろいろ許可が必要なのだろうか?いやその前に、夜の遅い時間に町をうろつくこうとしている時点で注意されるんじゃ…。

そんな感じにこの男の駄目人間っぷりがだだ漏れに暴かれたところでキイも顔を上げ上目遣いで鉄男に言う。

「調べるには“現場から”っていうじゃない。テツが見たほうが楽でしょ?“目撃者”もいることだし」

キイの目線の先、志は鉄男と目が合うと「こんにちは、野田先生」と丁寧にお辞儀した。

「こんにちは、星野。お前も大変だなあこんなオカルト集団に巻き込まれるなんて」

「うわあ顧問に有るまじき発言」

そう言った朧に続いて「ホントにこいつ教師か?」なんて追い討ちをかける真知をスルーした鉄男に、志は慌てて訂正する。

「違います先生、キイちゃんたちは悪ないんです。私が無理な相談したから…」

「あー、無理スンナ。こっち(関東)来たばっかなんだろ、他所はともかく俺んとこでは普通に喋れ」

若干訛った言葉遣いの志に煙草を持っていない手をひらひらと振って言うと、その手をそっと彼女の肩に添えた。ついでに眼鏡を外して机に置いた。

「でー何、見たんだって?ドッペルゲンガー」

「へ?あ、はい…」

「あんまり女の子一人で夜道出歩くなよー?今なんて物騒なんだからさ」

「すみません…」

「まぁいいや。で、間違いないな?」

「はい。あ、具体的には・・・」

「いいよ、“見るから”。目ぇ逸らすなよ」

はあ〜、と首を下に向けて煙ごと息を吐き出すと、茲に向き直り彼女の目をジッと見始める鉄男。志は思わず固まって、眼鏡越しに鉄男の目を見返した。大の男に見つめられて逸らしたくなるのは当然だろう。しかしそこは天然の志である。言われたとおりに大人しくしていると、そう時間は掛からずスッと視線を外された。

「ほいオッケ。ありがとね」

「へ…?」

「大体わかったぞー」

「セクハラしてないだろうな」

「一緒にするなクソガキども。おれはオープンスケベだ」

「変わんねーよ」

「あ、あの先生・・・!何がわかったんですか?」

「ん?」

状況を把握しきれない茲が鉄男に問いかければ、「ドッペルゲンガーのことだよ」とあっさり返されてしまった。だがさすがにそれで納得するほど彼女は馬鹿ではない。「どういう…」志が更に問えば、鉄男は眼鏡をかけ直した。

「先生はなーんでも見えるのよ。千里眼だからね」

ついでに、くいっと縁を上げて。

「テツ、その言い方結構痛いよ」

担任のそんな言葉に当然ぽかんと口を開けるしかない。しかしキイにツッコまれれば若干罰が悪そうに、眼鏡を上げた行き場の無い手をそのまま後頭部に乗せた。

「は〜これだから最近の若者は…」

「で、結局どうなの。」

「ああ…」



「――で。」

そう言って不満そうなのは朧だった。

「えらそうなこと言って結局自分は来ねえのかよ…」

「まぁまぁ」と苦笑いで否めるのはちとしである。曰く。

『お前らは優秀だから俺いなくてもあっと言う間に解決できるとと先生は信じてるよ。それが妖万部だろう?』

「自分がめんどくさいだけじゃねえか…」

「まったくコレだからめんどくさがりは〜」

「「お前が言うな。」」

キイのため息に真知と朧がツッコんだ。確かにこの無気力にだけは言われたくない。

「ってかさー張り込みって言ったらアンパンだろマッチ〜」

「行けってか。おれに行けってか。テメーで行け若白髪」

「だってめんどくさい…けどなんか食べたい」

「ただ腹が減っただけじゃねえか!」

「ならおれが行って来るよ」

ちとしが立ち上がると、真知がいやナ顔をする。因みにちとしにではなく、当然キイに対してだ。

「甘やかすなよちとし」

「いや、おれものどか沸いてたし。アンパンはともかく、飲み物くらいは買ってこれるよ。」

「なっちんでいいよね?」と聞いてくるちとしに「りんごで」とキイが返した。真知や朧にもなにか飲みたいかを聞けば、彼らは遠慮したため、そのまま近場の自販機へと足を進めるのだった。



がしゃん。と中身の詰まった缶が落ちてくる。ちとしは無言で自販機の中から缶を取り出した。

コツン

軽い靴の音がイヤに響いた。
それはちとしの後ろから聞こえて、その音に彼が振り向いた先には――自分がいた。

一人のちとしは目を見開いて、もう一人のちとしはにやりと笑って同じ顔に一歩近づいた。

【おまえ、オトコだな。匂いでわかるぞ】

ニヒルに笑う姿が美しいのは、もともとの彼が美形故だろう。動かないちとしに同じ顔は更に口角をあげて一歩近づく。

【オトコのくせになぜオンナの格好をしている?顔がキレイなヤツはオンナの格好をするのか?目立つんだろうなぁ、ムカつくなぁ】

もう一人のちとしが最後には三日月のように口角を歪ましたとき、スカートの中からまるで動物の尻尾のようなナニカが現れた。

【コロしちゃおうかなぁ】

ソレは一度ボヤついて、二本のグネグネと曲がる鎌に変わった。
本物のちとしは食いつくようにそれを見て、石のように固まって動かない。

【恐いか?恐いだろう。悲鳴をあげろ。そのキレイな顔をぐちゃぐちゃに歪ませろ。オイラをもっと目立たせろ】

ちとし、否、バケモノはまた一歩、近づいた。



【オイラは、最強だ。】




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