「ドッペルゲンガーに助けられた?」

キイがそう言った途端、沈黙が部室を満たした。志はただただ気まずそうに苦笑するしかない。このあとの展開を知っているから。

「「「大丈夫じゃないじゃん!!!」」」

「だめじゃん」

「ごめんなさい!」

一斉に飛び掛る声と、追い討ちをかけるキイに志は縮こまりながらも悲鳴のごとく謝った。幼いながらに美くしい顔立ちのうえ、霊媒体質のくせにへんなところが抜けてるのが彼女の特徴だ。(天然ってやつである。)

「…ドッペルゲンガーって、今テレビやってたヤツだろ?」

テレビをチラリと横眼で見て朧は言う。

「真夜中に不良のたまり場とかに、自分と同じ顔が襲ってくるってヤツ。、襲われた不良の顔の一部が削れてたから顔を食べられるとか噂がエスカレートしたらしいけど…」

何故か細かく説明し始める朧に、キイは「解説乙。」と真知から強奪した板チョコを頬張っているのを他所に、志は先ほどとは裏腹にパッと顔を輝かせた。

「せや、それ!うちそれに助けられてん!」

手を組んで嬉しそうに告げる志に、キイはスッと何も言わずに手を伸ばした。

「"助けられてん!"じゃなくて、なんですぐに教えてくれなかったのー」

「ごめんなひゃいごめんなひゃい」

「まあまあ」

その柔らかい頬肉を摘まむために。

「つーかお前も人のこといえねーだろ」

「過去を見据えるな少年よ」

余談である。





時は巻き戻り、昨夜の午後二十二時。

「…えと。」

少ない星が瞬く臥真嘉町で、唯一の明かりである街灯の下。そんな時間に彼女いた。二人の、”いかにも”な男たちに囲まれて。

「だからさあ、こんな時間に女の子一人じゃ危ないから」

「送ってあげようか?って言ってんじゃん」

ニヤニヤと小さい志を見下ろす男二人に、彼女の頬に思わず冷や汗が流れた。しかしあまり大げさに怯えず、あくまでも困った顔で見上げている。

「大丈夫ですー…」

「な〜に言ってんの。大丈夫だっておれら危ない人じゃないから」

「お前そういうこと言ってっから余計怪しんだろ!」

「ああ?お前に言われたかねえよ顔面卑猥罪の癖に」

「んだとお?」

どっと下品な笑いかたが静かすぎる街に響くのもつかの間。「で、いくよね?」と、男の一人がいきなり志の肩を強い力で掴んだのだ。さすがに危機感を察した志の顔がぐっと歪む。

「は、離してください!警察よびます…」

「呼びますよ」と言い掛けて、それに気づいた。ざわ、と影に蠢く何かがこちらに向かって来るではないか。志は目の前の彼らを素通り、後ろの影に釘付けになる。

彼らが、突然固まった志に気づくことはない。

「ごめんネー?ここサツどころか人もあんま通んねー道なんだなあ」

「実は狙ってたりしてー!ぎゃはは」

トントン。

影は男の肩を叩く。

ばしっ

男はそれを見ずにはじいた。

「つーかぶっちゃけ俺らの相手してくんね?」

トントン、ばしっ

「いやー最近女の子に飢えてんだわ」

トントン、ばしっ

「どうせ」

トントン

「…んだよさっきからああっ!!!」

ついにキレた不良は乱暴に振り返った。
しかし友人である不良は、なぜか顔を真っ青にして否定する。

「ぉ、おれじゃね…」

「ぁあ…!?…あ?」

最早泣きそうな友人のすぐ横。むしろ自分の真後ろにいた存在に気づいて、
固まった。

「…え」

自分が、いた。
自分の目の前に、自分が。

「…おれ?」

自分で言っていても意味がわからない。ただ、“これ”の存在が何かはわかった。

「ぅわ、あ、おい。コイツ…アレ、噂の…」

“ドッペルゲンガー”

【――お前…】

友人の言葉にならない声に、呆然と“ソレ”を見ていると、思わぬことに“ソレ”が口をきいた。なんと言うか、キモチワルイ。

【何、目立ってんだ】

「は?」

そしてその思いもよらぬ発言に素っ頓狂な声が出てしまった。
いやだって、目立つって。
不良の思いが届くことは勿論無く、ドッペルゲンガーは言う。

【お前ごときがなにオレを差し置いて目立ってるんだって聞いているんだ】

「あ”ん!?」

【この顔を見ろ。お前の顔だ。
醜いお前が目立ったところでなにも変わらないし、迷惑なだけなんだよ】

【ゆめゆめ、おもいあがるな】

醜いなんて言われていい気分になるものなどいないだろう。
それに、彼は多少人よりキレやすい不良なのだ。

「う…」

「うるせぇえええっ!!
ドッペルだかノッペラだか知らねぇが俺に指図すんじゃねぇ!!!」

不良は目の前にいる自分を殴り飛ばした。
ドッペルゲンガーはわりとアッサリ吹き飛んでしまい、あっという間に地に伏せてしまった。

噂のドッペルゲンガーが拳一発で倒れてしまったことに気を良くして、ドスドスと呻いているソレへ不用意に近づいてしまう。

【ぅぅ…】

「ぎゃはははざまぁみろこの変態ヤロー。
さあテメエの正体を」

「あば…」

言って、また固まった。
後ろの友人も、さっきより更に真っ青になって、まるで死人のようだった。

目の前にいるドッペルゲンガーがムクリと起き上がり、不良たちを見上げたから。
見上げたくらいでどうにかなるわけでもない。
ただ、彼らはソレの“顔”を見て、真っ青になったのだ。

【いてえな】

ポタリ、赤い雫がソレから落ちる。

【見ろおまえの顔が――】

【更に醜くなってしまったぞ】

男の、顔が――。

「「いやあああああああああああ!!!」」

――――
―――――

「………。」

志は呆然とその場を見るしかなかった。

まるでアメリカンな悲鳴をあげながら飛ぶように逃げていった彼らをドッペルゲンガーが追うことは無く、また後ろの志を襲うことはないようで。
ドッペルゲンガーは志を振り向かずに、そのままボフン!と青い炎に身を包んで消えるのだった。

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