「あっづ!?」
「!!?」
思わず手を話した大坊主と、あまりに唐突なことに小さい目玉をむいた小坊主。二人が見る先、六右が、燃えていた。
否、六右の体から炎が溢れ出た。
彼の体に影響はないらしい、ただ、しゃがみ俯いて顔が見えないが、彼自身の意識が無いように見えた。
「クソ!(こんな時に暴走しやがった!!)」
小坊主は内心舌打ちをかました。
肝心の大坊主も、あれはどちらかと言えば術の類は皆無な体力馬鹿でしかない。せっかくの獲物が、これだと触ることもままならないだろう。
「…」
ほんの数秒、気絶していたらしい六右はぼんやりと目を開いた。
「……あれ…おれ………?、!!?」
開いて、絶句した。
己の躰が火に溢れていたのだ。
六右自身に影響はないようだったがしかし、その火々たちは周りの建物に移り、炎へと化し、破壊していた。
「な…なんだよコレ、
と、とまれよ!とまれったら…」
慌ててそんな言葉をかけるも、それで止まるわけもなく、さらに高く燃え上がる。これがなんなのか、わかるわけもなかったし、解りたいとも思わなかった。
ただなぜか、人間に在らず妖怪も突然の衝撃についていけなくなると、思考がおかしな方向へ行くらしい。
――あんな弱っちいヤツら、みんな消しちゃえば…
不意に、己の放った言葉が蘇った。
「(―――死ぬ?
このままにしたら、おれが……人間を……)」
ドクドクと血が通うのを感じる。それに合わせたかのように炎はことさらに燃える。燃える。
『憎むな』
母の亡骸を見たときの悲しみ、あの時、人間が母を騙し殺したという事実に、憤怒の炎が内側から燃え上がった。今、他の人間達を同じ目に遭わそうとする自分がいる。自分と同じ悲劇を、憤怒を、繰り返そうとしている。
自分が何をしようとしているかは分かっている。
解っている、つもりだった。
ただ、
母と父の顔が、浮かんだ。
「畜生…っ
どうしたら…
どうしたらっ…いんだよぅ…」
俯き、歯をくいしばる唇に血が滲んだ。真っ赤な焔の性か、熱くなる目玉の性か、はたまた唇に広がる痛みの性か、兎に角六右は気づかなかった。
焔を省みず、こちらへ近づいてくる者の存在を。
「………
母ちゃ…」
―――ポン、
頭が、あたたかくなった。
否、体はもともと熱いのだが、そうじゃなく、そう、頭にぬくもりを感じた。それは小柄だが、自分より大きい手、丁度すっぽりと自分の頭を覆い被さった。
「?」
―――そこには、キイがいた。
頭をポンと軽く押し、また今度はリズムよく数回頭を叩いた後、優しく撫ぜる。六右の目の前、つまり炎の中心にいるのだから、勿論躰は焼けていく。
痛いはずなのに、熱いはずなのに歪まない、彼女は何事もないように、無表情に彼の頭を撫ぜ続けた。
――――父のように。
坊主コンビも、六右自身も驚きを隠せない。だけど撫ぜられる手が、安心する。
炎はいつの間にか止まっていた。
「…なにしてんの」
「ん?」
六右は呟くように問うた。
キイは、六右の眼を、どこまでも無表情に見て、答えた。
「部活」
――は?
双方、唖然。
しかし立ち上がったキイを見て、我にかえった小坊主が叫ぶ。
「きっ………貴様あああ!?
なぜっ、なぜそんな平然と…炎の中にいたのに!
馬鹿か!?痛みはないのか!?貴様、まさか妖怪か!?」
彼女の軽いとは言えない所々の火傷を見て問うたのだろうしかし、キイは即答した。
「まさか、痛いに決まってんじゃん"妖怪じゃない"んだし」
「なぬぅうう!?な、ならなぜ人間が…」
「あんなの余裕じゃん、"人間じゃない"しんだし」
「「え゛――――――!!?」」
「どっちだよ!がははは!!」
またキイは即答した、ていうか矛盾していた。珍しく大坊主のツッコミが正しかった。
妖怪でなければ人間でもない、
「……!そうか!そうか貴様っ…」
だからこそその返事に、小坊主が感づいた。
キイの眼帯の紐が灼け切れ、"あの"右眼が露わになった。
「"半妖"だなっ!?」
――――――"半妖"
「そうだよ」
また、キイは即答した。
六右は目を見開いてキイを凝視したが、小坊主は驚かなかった。むしろキイを指差し笑い飛ばした。
「ひはははは!!これは驚いた!"半妖"!
成る程半妖の殆どが醜い輩、小綺麗な面で気づかなんだ、眼帯でその妖怪の眼を隠していたのだな!ご存知か魔王の坊ちゃん!
こ奴は妖でもなければ人でもない!我ら魑魅魍魎の侮辱の塊!
なり損ないの"化け物"だ!!
どの種族の妖か?半妖なんぞを生み出したヤツはさぞなり損ないの妖なのだろうなあおい!?
ぬらりひょんの莫迦も老いたものだ、…っこんななり損ないを護衛につかせるとは!!」
そこまで言って、ついに耐え切れなくなったのかまた盛大に吹き出し下品かつ気持ち悪く笑い出した小坊主につられ、大坊主はよく解ってなさそうだがとりあえず笑っていた。
六右はキイを見る。でも無表情は変わらなかった。ゆっくりと静かに、六右は問うた。喉が乾き、声がかすれた。
「…人間じゃない、のか?」
「うん」
「半妖、なのか…?」
「うん」
否定もせずに頷くキイに、六右は眼を見開いた。小坊主は勝ち誇った笑みでキイ達を差した。
「ゆけ大坊主よ!
我らの敵はたかが半妖!奪うことは容易いぞ!!」
「わ…!?」
「がははは!半妖とておれは手を抜かんぞ、チビども!」
キイは立ち上がると同時に六右を持ち上げた。そしてぎゅっと、しっかり抱きしめる。離れないように、離さないように、
「お前サンに、おれの特技見せてやるぞ!」
そうして大坊主を見上げた、刹那――――
「!」
巨大な影が、大坊主が、彼女の真後ろにいた。
ドッ
大きな衝撃が六右の躯を揺さぶった。
「ほう!かわしたか!」
「お前!」
慌ててキイを見れば、掠ったらしい腕に血が滲んでいる。沢山の、赤。
ドクン、と心臓が大きく高鳴った。恐怖が、少年の中をかきわます。
また、大坊主が豪快に笑った。
「がはははは!驚いたか!驚いただろう!!
そう!おれの"特技"、即ちは
【デカさ】と【速さ】!
デカい化け物がいたら誰でも驚くだろう、だが、デカい化け物が"突然"現れればもっと驚くだろう!!」
「あーそれで真知出し抜かれちゃったんだー」
「がはははは!
ビックリしてたぞぉ!実に笑えたぞ!あの人間なら今ごろほかの妖怪どもに遊ばれてるだろうよ!」
そして!
「いつもは驚かすのがおれの楽しみであるが、今回坊ちゃんを取り返すのがおれの役目。故に!敵であるお前さんを倒さにゃならねーようだ。
先ほどは掠っただけのようだがなあ、
――次は、あてるぞ」
威圧感が、キイ達を襲った。キイは無表情だが六右は違った。
手が、震えた。
掠っただけであの振動、当たったキイの腕にはジワジワと血が辿った。
もし、もし次、直撃すれば――
「………!や、やめっ〜〜〜
止めろよー――――!
もういいよぉ、お前らおれを狙ってんだろ!行くから!おれお前らのとこ行くから!!殺さないでくれよ!
離せよ、なあ!」
最悪の結末を脳内から振り消し、ぐいぐいと六右はキイの体を押し返すが、彼女の腕は緩まることはなかった。むしろ、少しずつではあるが、負傷してない腕の力が増した。
なんで、どうして、なんでおれなんか――――
「おれお前に、お前らにヤなこといっぱいやったじゃろ!
酷いこといったし、お前おれのせいでいっぱい怪我したしっ、お前っ半妖なんじゃろ!?半分人間じゃろ!駄目じゃ!半妖が妖怪に勝てるワケ無いんじゃ!
お前死んじゃうぞっ!お前の仲間も死んじまう!おれのせいで…っ
このままじゃ、死んじまうよぉ!」
「泣くなよー男でしょ」
大丈夫大丈夫。ポンポンと六右の頭を軽く叩き、彼を見下ろした。しゃくりながらキイを見上げる六右は、また目玉いっぱいに涙を溜めていた。
「にっ逃げろよ!」
「逃げないよ」
「なんでじゃ!おれなんか置いてけよっ」
「置いてかないよ」
「だからなんで!おれなんか!おれなんかほっとけよ!」
「…六右」
「どっかいけよ!離せよ!お前なんかっ……おまえ…っ」
「六右」
「………死ぬ、なよぉ」
「六右。うちは死なないし、置いてかないよ。
大丈夫、
うちはキミを、離さない」
ドクン、
また心臓が大きく、高鳴った。
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