「…おやじは、」

ポツリと呟く六右の指に力が増し、彼の首を掴むキイの手にギリと爪が食い込んだ。それはだんだんとキイの皮膚を破り、手の甲を傷つける。

「おやじは弱虫じゃ。最強なんかじゃない、仕返しもできない意気地なしじゃ」

六右はキイを睨みつけ、力の限りに手を振り払い、力の限りに叫んだ。

彼の、心の叫びだった。

「貴様らのせいじゃ!!」

「ぜんぶ、ぜんぶ!
貴様ら人間のせいで…母さんが死んだ!貴様ら人間のせいで…おやじがおかしくなっちまった!!

貴様らの…っ

貴様らせいじゃ莫迦ヤロ――――――!!!」

「あ」

「あ!」

「あっ、おい…ってはや!!」

ダッと涙ながらに駆け出した六右に気づいた三人だったが、すでに豆粒ほどまで小さくなった六右。
魔王の息子は速かった。

「おいキイ!どうすんだよ!」

「………」

「あの坊ちゃんいまひとりにしたら―――…キイ?」

「…」



――貴様ら人間に裏切られるまではな!!

――おれは!人間が大嫌いじゃ!!



キイが見つめるは己の手の甲。そこには少年の爪の跡が滲んでいた。







「――はぁ、はぁっ」

妖万部をふりきった六右は全力疾走したせいか膝をつき呼吸を落ち着かせる。

そして同時に、過去が蘇った。

『人間を憎むな』

『お前の言い分は唯の私情でしかない』

『我が息子ながら呆れる』

『憎むな』

「〜〜〜〜〜っ」

涙を目玉いっぱいにためる六右。一生懸命涙を抑えようとするが、一度ぷつりと糸が切れたように溢れたものは結び直せず、無駄な努力だった。

そのくらい、彼は限界だった。

「…うー…」

溢れる涙をゴシゴシと腕でこするが、ソレを止めたのは意外な交換音だった。

………交換音?



ズン………

ズン……

ズン…

「?」

顔を上げた。
上げなきゃよかったと、思った。

「おお〜い、なぁ〜に泣いてんだぁ?」

大坊主が、目の前にいた。
ニヤリと奴は笑った。

「みぃつけた」

まさにホラー。

「うわああああああああああ」

ズズ―…ゥン

「「「!」」」

走っている三人が聞こえた音。状況を知るには十分だった。

「あのガキさっそく捕まりやがって…」

「真知どうなったのかな」

「先行くー」

「ああ…あ!?キイ!?」

見えなくなった我らが部長を止める術はなかった。

ズシーン、ズシーン、

うわあああああん

――そして、彼の悲鳴を止める術もなかった。

「はなせーはなせー莫迦共―――!!!俺を誰だと思ってる!

山本五郎左右衛門の息子じゃぞー!!」

「はいはいはいわかったわかったぁよ〜」

六右は片手に捕まえられ、言ってることが偉そうに泣きわめいているが、大坊主はそんなものお構いなしにとスタスタ先を進んでいく。
どんなな喚いてももがいても、大きさの違いかビクともしない。

「ひひひしかし魔王の坊っちゃん、流石に手こずると思うたがなかなかどうして呆気なかったのう大坊主よ、失笑だとは思わぬか?」

「ぎゃはははは!そこはかとなくだろー小坊主よ!
なんせコイツもまだまだガキンチョさー!!」

ゲラゲラ笑う大坊主と小坊主(小坊主はどっちかというと不気味に)にカチンときたのか、六右は大きい手をかじるのを止めて彼らにかみついた。

「五月蠅い外道どもめが!
きさまらなんか……っ」

「"なんか"?」

小坊主は六右を鼻で笑った。

「では逆に聞こう山本の坊ちゃん、貴様になにができる?
魔王の倅(ガキ)とあろうものが親父の名を借りるだけで力の欠片もないただの七光り小僧に

"なにが"できるってんだい?」
「………っ」

歯を食いしばり、目にはじわりと涙が溢れた。
この妖が言ってることが全て胸に突き刺さったから―――図星だったから。

「(………おれは――)」


おやじは弱虫じゃ


「(おれはおやじのことばっかり言っといて…おれだってなんも出来ん……)

…しょ」

『我が息子ながら呆れる』

六右は中心から熱くなった。ナニカが、フツフツと溢れ出る感覚。

「(おれだって、おやじのこと言えんじゃないか、

おれは………弱い)

…畜生」

「…んん?」

大坊主はナニカに気づいた。
熱かった、手の内(ナカ)が。
六右が、熱かった。

(悔しい)

魂(ココロ)が、アツい

(悔しい――――――!)

「うあああああああ!!」

大坊主の手が、“燃えた”。

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