『昨夜、またも起こりました
“ドッペルゲンガー”。
午後二十三時四十分頃、臥真第三公園付近で臥真嘉高校の男子生徒数名が倒れているのを目撃者が発見し、保護されました。無傷だったものの意識が戻った彼らに事情聴取を求めると、全員が全員発狂したように叫ぶなどの行動が見られました。
目撃者は―――…』
部室に置いてある小さなテレビでは、今週のニュースを語るアナウンサーの声が、教室内のBGMとなっている。
どん、と。
鬼をも裸足で逃げ出すだろう凶悪面で仁王立ちするのはデコこと藍原真知。そしてそんな彼の目の下には、椅子にだらしなく座り、何食わぬ顔でジャンプの黙読に全うする白髪こと高橋キイ。
お互い表情はまったく違うものの、周りをまとう空気ほ壮絶に険悪であった。
「…おいキイちゃん」
「なーにマッチ」
ギロリとキイを見下ろして、地を這うような心底低い声で、まるで唸るように真知はそれを吐き出した。キイはあいも変わらず、表情一つ声の高さ一つ変えず、ペラリとジャンプを捲りつつそれに答えた。
「おれのなあ、鞄の中になあ、自分用にとっといた板チョコ十枚まるごとなくなってんだよなあ〜なんでかなあわかる?キイちゃん」
「なんでかなぁーキイわかんない」
そう言ってまたペラリとページを捲った彼女が片手に持つのは、紛れも無い、板型のチョコレートだった…。
がっし、と勢いよくのいい音が聞こえたかと思うと、彼女の体はあっという間に持ち上がった。真知がキイの襟元を掴み上げたのだ。
なのに関わらず、キイは悲鳴一つ上げることもせずにその食べかけのチョコをまたはむ、と頬張った。それがまた癇に障ったのか、真知の額にはビキリと青筋が浮かんでいた。
「現行犯ってこういうこと言うんだろうなあ、あ”あ”?」
「やだなあマッチぃ。あんなに食べたらいつか糖尿病になりかねないと思ってのやったことなのに」
「へえ、そんなこと心配して全部食べてくれたってわけか。やさしいなあキイちゃんは」
「でしょー?お礼にお菓子奢ってよ」
「だれが奢るかああああ!!人のモン勝手に食うなっていっつもってんだろうが!!!」
「だめだなーマッチ、そんな怖い顔するとお客さん来ないよ。ストレスには甘いものだよ。これあげようか?」
「だれのせいでこんな糖分摂取せにゃならんくらいストレス溜め込んでると思ってんだ、だれのせいでその糖分すら取れねえと思ってんだっつーかマッチって言うなって言ってんだろうがあああああああ!!!」
その時、教室の引き戸が開き、ひょっこりと顔を覘かせる人物がいた。
「キイちゃん今…「ちょ!キイちゃんとばっちりとかマジない…ぎゃああああ」大丈夫じゃないね」
ボブショートの眼鏡美人、星野志(ホシノココ)は、教室を人目見て苦笑した。
いつものこととわかっているので、志は中に入り事が済むのを待っていることにした。
「っぎゃ」
そのとき、キイたちに吹っ飛ばされたらしい朧が志の目の前に転がってきた。
ちなみに、着地の態勢が仰向けだった。そのため、丁度志の真下に転がってきた朧が「ん?」と目を開けると、必然と彼女のスカート下が見えるわけで。
「…げ」
「きゃっ!?」
「うんその、水玉かわいいね星野ちゃげふぅ!!」
真知とキイに制裁をくらったのはいうまでもない。
★
「いやー、ごめんね騒がしくて」
「ええよええよ、いつものことやん」
制裁を喰らわせた朧を放って、席に着いて落ち着くなりキイは言った。対して奈良県出身、星野志は苦笑しながらもやんわりと返した。
「最近は大丈夫?」
「うん。キイちゃんのおかげやわ」
そんな唐突な問いにも迷わずふんわりと笑った志に、キイは満足したのか、無表情で頭を下げた。
「ありがとう」
「あ!いややそんな!わたしがそれいうべきやんに…」
「それはいんだけどさ星野ちゃん」
この手のパターンはラややこしくなると判断した真知は話をスッパリ遮った。
「今日どうしたよ。べつに礼言いにきたんじゃねえだろ」
低い声でまとめる言い方は、素早く内容が進むという意味では真面目な副部長である彼の長所であり、逆に相手を圧倒して脅かしてしまうという意味では、彼の短所である。(物事をハッキリ言う所は、我らが部長も変わらないのだが。)
とにかく、良くも悪くも後者のほうが出てしまったらしい、志は呆気にとられつつも、居心地が悪そうに少し顔を歪めた。
「あ…う」
「そこまで大変なことでもないっぽいけど、一応依頼にきたんだろ?」
「…うん。…せやけど」
最後には萎れてうつむいてしまった志は、気まずそうに苦笑した。
「これ言うたら…みんな起こりそうやから…」
「「「「???」」」」
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