目の前にいるのは刀を持った少女だった。

どこから取り出しだのか、小さな体に何故かしっくり収まる鞘。抜けば、刀身が赤光している。

「……日本刀?」

彼女がこれを持っていることにも驚いたどころでは無かったが、ふと、思ってしまったのだ。
気づいてしまったのだ。

彼女の持つ刃の先は――――

「じゃ、行くぞにゃんこ」

キイが構え、走りだそうとした、その時。

「待って!」

「!」

チビを護るように目の前に立ちふさがった啓介に、キイは思わず立ち止まった。

「…き、斬ったら、チビはどうなっちゃうの?」

「…この世からはいなくなるね」

「…!」

「じゃま。どいてー。」

「…………いやだ」

「一緒に斬っちゃうぞー?」

チャキリ、金属音が啓介の目の前でした。

なぜ、彼女がそんなものを持っているかわからない、本物なのかもわからない。けれど、自分に向けられる威圧感。なぜかわからないけど、確信した。

少なくとも目の前の刀は、

本物の―――――刃。

それでも

「い、いやだ!!」

怒鳴る啓介に、キイは静かに口を開く。

「…前にも言ったよね。死んでるにゃんこは生きてる人間とは一緒にいれないよ」

「わ、分かってるよ。分かってる…っ

――でも、だめなんだ」

俯きながらポツリポツリ話す啓介を、キイはただ無表情で見つめた。

「一緒にいて気づいたんだ。た、たった2ヶ月だけど…、

チビはただ…誰かと一緒に居たかっただけなのに…ずっと…ずっと独りぼっちで…やっとこんなぼくでも…一緒にいられて、ぼくも正直嬉しかったんだ…チビが一緒に居て嬉しいって思ってくれて…

でも…此処からいなくなったら…?

ぼくは今は独りでも、周りには家族がいるし…もしかしたら友達もできる…か、かもしれないでも、チビは独りなんだ。

独りぼっちなんだ…!」

顔を上げた啓介は、目にいっぱいの涙が溜まっていた。

「ダメなんだ!チビを独りにさせちゃ!

ぼくだけ誰かと一緒にいちゃダメなんだ!!
ぼくがイジメられたから怒っただけなんでしょ…?だったらぼくが言えば!ぼくがチビに言い聞かせれば大丈夫でしょ!?
だから、斬らないで!

ぼくが一緒にいなくちゃ…!」

ヒュオ、

風を、切る音。
そこで、啓介の言葉が途切れた。理性を失った獣が、この間を待つわけが無かった。振り返れば獣の前脚が、啓介に目の前にあった。

「…………………チビ……」



バン!!

衝撃音はした。けど鋭い爪が、獲物を捕らえることは無かった。

舞ったのは、小さな眼帯。
キイが啓介を抱きしめて飛び退き、ギリギリで避けたはいいが、彼女の額から切れたのか血がドクドクと流れ、露わになった右目をつたった。

「“ぼくがチビに言い聞かせれば大丈夫でしょ”…?」

地面に手をつき、キイに覆い被される形になる。そのキイの顔を見て、目を見開いた。

いや、正確には、

「勘違いしてんじゃねーよ」

・・
右目 を見て、目を見開いた。
キイの右目の瞳は鮮血のごとく赤く染まっていて、だけどそれは血のせいではなく、彼女自身の瞳の色だった。

啓介の胸ぐらをつかみ取り、少女は自分の右目を指差した。

「……!」

          ・・・・・・ 
「知るわけないよね、こういう化物になったらどうなるかなんて。
キミがいうその誰かをまた傷つけてしまうかもしれないし、
今度は本当に殺されるかもしれないなんて、キミにわかるわけがないんだよね」

それはまるで、自分を化け物と言っているような、

「でもねチビは、この世でもあの世でも本当に独りぼっちにかるかもしれないんだよ。
これだけは、きみは知らなきゃいけない」

「理屈だけじゃ駄目なんだ、あの子の居場所は、

チビが誰かと一緒になるのは今じゃない」

目を見開いてキイを見る啓介をよそに、キイはまた身を屈むチビを見て、立ち上がった。

チビが飛んだと同時に、彼女は刀を構え、呟いた。

「弱くなんかないさ」

――ごめんなさい…

ボクは
…呼びた、く、…ない、です

――いやだ!!

――ボクだけ誰かといちゃダメなんだ!!

「きみは充分、強いじゃないか」

彼女の口元は、微かにあがっていた。

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