(高校生設定)
忍足くんと私が初めて出会ったのは、1年前の高校1年生の夏だった。本当の事を言えば私は中学生の時から知っていたのだけれど、きっと忍足くんは私の事を知らなかっただろう。
「なつこはいつもカルピスやな」
夏休みの部活終わりの某ハンバーガーショップ。部員のみんなで来たり、その中から3人、4人と人数が減ったり増えたり顔ぶれが変わったり。何度も来てはいるんだけど、忍足くんと2人で来るのは初めてだ。ここの店では私はいつも同じメニューを頼むのだが、その内の1つはドリンクのカルピスだった。
「わ、バレてた?」
「何回も来とるし、それくらいわかるで」
忍足くんはそうしれっと言うけど、私はたまらなく嬉しくなってしまう。忍足くんの中に、私の情報がある。それだけで顔が思わず緩んでしまうくらい嬉しくなるんだから、自分でも可笑しいと思う。
「忍足くんはいつも違うね」
「んー、もう岳人らと何回も来とるからなぁ。気分によって変えな飽きてまうし」
「なるほど。でも忍足くんとハンバーガーって意外かも」
「何でや?」
「なんか、そう言うのあんまり食べなそう」
私はそう言ってポテトをぱくり。まだ揚げたてでサクサクで、やっぱりこれを食べないとね!
「今まで何回も来てるのに今更やな」
「そうなんだけどね」
「俺ポテトとかも好きやで。こんなん家で食われへんやん」
「うん、それは言えてる!」
忍足くんも自分のポテトをぱくり。
「ん、うまい」
「ふふ、私も大好きだよ」
「えっ」
「えっ?」
「…ああ、いや、何でもないわ」
半笑いを浮かべる忍足くん。そんな顔、滅多に見たことないなぁ。どうしたんだろう。
「てかなつこ、ハンバーガー食わへんの?」
まだ紙に包まれたままのハンバーガーを見て、不思議そうに忍足くんは言った。私も食べたいよ。いつもならハンバーガーとポテトを交互に食べながら、時々カルピスを飲むのが私のスタイルなんだもん。でも、今日は。
「あ、うん。今食べるよ」
忍足くんと2人きり。好きな人と2人きり。そんなシチュエーションで、ハンバーガー食べれる?大っきい口開けて、食べれる?…本当に頼んだ私、あほすぎる。持って帰るしか道はないのか…。
「今って、もうポテト食べ終わりそうやで」
「今日はそういう気分なの!」
「そう言って持って帰るんやないやろーな」
忍足くんは一足先にハンバーガーを口にしながら、そう言った。テレパシー?もしかして私の心読めるの?やだ!こわい!
「全然手付けへんし」
「だから、気分なの」
「…俺、なつこがハンバーガー食うとるとこ見るん好きやのに」
「えっ」
何それ!どんな情報!でもそれで食べちゃおうかなって思う私も単純だし、でも言われたから食べるってなったらそれこそ忍足くんに変に思われちゃうだろうし…。
「なつこ何でも美味そうに食うやろ?ええ所やと思うけどな」
えええ…。どうしよう、食べたい。本当は食べたいんだもん。違う方向とはいえ好きと言われて、食べない理由は、無い!
「じ、じゃあ食べちゃおうかな!」
「うん。召し上がれ」
カサカサと紙を広げれば、少し冷めてしまったハンバーガーが出てくる。はぁ。でもやっぱり複雑。ちらっと忍足くんの方を見ると、ばっちり目が合った。どきん!どうしよう!心臓が破けそう!
「いただきます!」
ええい!ここまできたら気にしないで食べるしかない!私はいつもと同じく大きく口を開けて、ハンバーガーをがぶり。もぐもぐ。うん、美味しい!
「はは、美味そうやなぁ」
「うん、すごく美味しいよ!」
「…可愛ええな」
「!!!」
えっ?今、忍足くんなんか言った?二口目のハンバーガーにかぶりついたところで、私の思考は停止した。もう一度、通り過ぎた忍足くんの言葉を巻き戻す。…私、今、可愛いって言われた?
「……」
もぐもぐとなんとか噛んで飲み込むけど、心臓が煩くて味もよくわからないし、ようやっと飲み込んでも異物感しか無くて。私は落ち着くために、カルピスに手を伸ばす。
「美味しい」
「ん、良かった」
忍足くんがそう言ってポテトに手を伸ばす。私も真似してポテトを食べた。うん、うん。味する。ちゃんと美味しい。
「どないしたん、そんなポテト噛み締めて」
「えっ?…あ、ポテト美味しいなって」
「…今更そんな噛み締めるか?」
「噛み締めちゃいました」
「はは、別にそんな顔せんでもええけど」
笑っている忍足くんが、私は大好きだ。いつもはクールで綺麗な顔が、ものすごく優しくなる。もちろん性格は元々とっても優しいから、きっとクールな見た目と優しい性格、そして関西弁の面白さのギャップが有りありで人気者なんだろうなぁ。少し慣れてきた私は、そんなことを考えながらハンバーガーを口にする。
「…あれ」
「ん?」
「なつこ、ほっぺたにケチャップ付いとるで」
「えっ!嘘!」
「ほんま、ここここ」
忍足くんは自分のほっぺを指さして場所を教えてくれる。でもなかなか取れなくて、どうしよう!恥ずかしい!困っていると、不意に忍足くんの手が伸びてきて、私の触っていたほっぺとは逆のほっぺを指先で優しく撫でた。
「わっ」
「あ、すまん。あんまり焦ってたから、俺取った方が早いかと思って」
「ううん!ありがとう!…あ、ティッシュ!」
私は慌ててカバンを開けてティッシュを取り出す。良かった。ティッシュ持っててこんなに良かったって思った時ないかも。
「おおきに」
「こちらこそ!私、逆の方頑張って拭ってたんだね」
「……」
「恥ずかしー…」
「なつこ」
「ん?」
名前を呼ばれて忍足くんを見ると、さっきまでのにこにこした目ではなく、綺麗な鋭い目で私を見つめていた。どきん!また、心臓が煩くなってきてしまう。
「あー…」
「ど、どうしたの?」
「…いや、なつこ食べ終わったら出よか」
「うん、わかった!」
「ふー、今日も美味しかったー」
忍足くんとハンバーガーショップを出る。カルピスだけが飲みきれなくて、それだけお持ち帰りにした。夕方とはいえまだまだ日も高くて、夏だなぁって思ってしまう。
「簡単やなぁ、なつこは」
「えへへ。私の胃袋を考えると、住む世界が違う跡部くんとか忍足くんと同じ部活にいるなんて自分でも不思議だよ」
「俺も?」
「うん、忍足くんも」
岳人くんやジローくん達とは結構近いというか、住む世界が近いというか。私にとって忍足くんは、素敵な人。憧れの人。見てるだけでいいって最初は思ってたけど、マネージャーになって、沢山お話して。近づいたら、ただの憧れの人では終わらなくなってしまった。どんどん、好きになってしまった。
「…それ、おもろくないな」
「えっ?」
「どないしたら、なつこはそう思わなくなるん?」
一緒に歩いていた足を止めて、忍足くんは私を見ている。私も2歩くらい先で足を止めて振り返った。今まで見た事の無い眼差しで私を見ている忍足くんに、私は息を呑んだ。
「あの、えっと…」
どうしたらそう思わなくなる?そんなこと言われても…。忍足くんは何も言わず、私を見つめたままで。
「あ、カルピス!…忍足くん、カルピス飲んだの見た時ないから」
「…それでええの?」
忍足くんが一歩二歩と近づいて私の目の前で止まる。カルピス…って、もしかして、これ?
「一口ちょうだい」
「う、うん!どうぞ」
忍足くんにカルピスを渡す手が震える。忍足くんはそれ受け取って、そのままストローを咥え一口飲んだ。って、これ!関節キス!だ!
「うん、美味いわ。なつこが好きになるんわかる」
「…あ、そ、そうでしょ!」
「…嫌やなかった?」
「へ?」
「いや…うん」
どうしよう私忍足くんと関節キスしちゃった…。自分でも顔が赤くなるのがわかる。でも、私から目を逸らした忍足くんの顔も赤い…?
「あの」
「ちょお待って」
「はい!」
くるっと後ろを振り返り、数秒経って忍足くんは再び私の方に戻ってきた。顔はもう赤くなくて、やっぱり私の見間違いか!そうだよね!
「なつこ」
「ん?」
「俺、なつこと同じ世界におる?」
ああ、そんな話だったっけ。忍足くんがそんなことを真剣に言うのも私にとっては不思議で、なんだか冷静に考えてしまう。
「ふふ、うん!カルピス飲んでくれたもんね」
「さよか。じゃあもうええやんな」
忍足くんはそう言うと、ふうと息を吐いた。どうしたんだろう…。
「なつこ、俺な」
真っ直ぐに私を見る忍足くんがかっこよくて、素敵で。どきどきする心臓が苦しくて堪らない。
「なつこのこと好きやねん」
俺と付き合うてください。忍足くんの声で、私の耳にしっかりと届いた。
「え…嘘…」
忍足くんの声でそう言われたことが信じられなくて、思わず呟いてしまう。だって、そんなの、嘘だよ…。
「嘘な訳ないやろ。…嫌やったら、そう言ってや」
「い、嫌じゃない!」
自分でも思ったより大きな声が出て驚いたけど、でも、そんな訳無いもん!
「私も、忍足くんの事がずっと大好きでした」
恥ずかしいけど、こうやって言葉に出来たことが幸せで、思わず笑ってしまう。忍足くんは私を見て、嬉しそうに笑った。わぁ、忍足くんのこの笑顔が今、私だけに向けられている。
「ほんなら、付き合うてくれますか?」
「…はい!」
差し出された手に私も手を伸ばすと、忍足くんが私の手を握ってくれた。こんなに幸せなことって絶対無い!嬉しくて、嬉しくて、私もぎゅっと握り返す。
「これからは2人でハンバーガー行こうな」
「うん!」
「ほっぺにケチャップ付いたなつこ、ほんま可愛かったわぁ」
「……」
「次からはほっぺぺろってしてもええ?」
「な、だっだめ!」
私を見て楽しそうにする忍足くんが、私と手を繋いでくれている。本当に幸せで、こんな日がずーっと続きますように!