ジリジリと焼き付くような日差し。

「レジャーシート広げてスイカ置くんすよね?」

鼻を擽る所か、それで埋め尽くす程の磯の香り。

「ばかお前それレジャーシートデカすぎだろ。そんなん棒届かねーわ、剣圧飛ばして割る気かよ」

ビーチサンダルを忘れてきたお陰で、足の指の間まで入り込む砂。

「それ、真田なら出来るんじゃなか?」

押しては引いていく波の音は、今は沢山の人の喧騒によって掻き消されていた。

「あ、真田副部長ならぜってー出来ますね」
「カァ!とか言ってな」
「そうそう!もはや真田副部長ならその声だけでスイカ割れそうっすよね」
「ぶはっ!声だけで割るのはやべーだろい!」
「……いや、待ちんしゃい」


反論の声を上げた仁王を見ると、真剣な顔で棒を構えていた。


「んあ?」
「真田はどちらかと言うと、ムンッ!じゃろ」
「あー、それもありっすね…」
「や、たぶんだけど横振りが、ムンッ!で縦振りが、カァ!なんだよ」
「それだ!」「…確かに」
「つーか、ムンッ!じゃスイカは割れねーし」
「風は巻き起こりそうすけどね」
「眼圧でな」
「眼圧で風は流石に人間やめてね?」
「……あんたらの中で真田くんは何者なの?」

そう言った私だったけど、よくよく考えてみたら確かに剣圧を飛ばせそうだし、声だけでスイカ割れそうだし、眼圧で風くらいなら起こせそうだと思った。結論、真田くんはすごい。


「うし、こんなもんだろい」


程よい大きさに畳まれたレジャーシートの上にスイカを設置したブン太が軽く叩くと、ポンと軽快な音が鳴った。


「じゃあ最初は」
「俺!スイカ割りたいっす!」
「お前な、1人目で割ったら面白くねーだろうが」
「ええ!」
「それはそうだね」
「それじゃあ1人目は俺が」
「そこは私が」
「いやいや俺が」
「あ!じゃあ俺が!俺が!」
「……」
「……」
「……」
「これどうぞどうぞの流れじゃないんすか!?」

驚いて声を上げた赤也が私達の顔を見るその表情は、見事に困惑の色に染まっている。それを見てひとしきり笑ってスッキリしたところで、じゃんけんをした結果により順番は私、仁王、赤也、ブン太の順番になった。

「赤也絶対俺まで回せよ」
「ええあー、まあ、努力はします」
「ブン太残念、これはしない返事ですね」
「あ?」
「や、だってスイカは割る為にあるし、俺だって割る為に棒振るんすよ!?」
「おお…」
「紛れもない正論じゃのう」
「ね」
「……わかった、もう赤也棒無しな。手でいけ」
「手」
「手は酷い」
「俺の事何だと思ってます?」

「じゃあもし俺が一度も棒振れなかったら代わりにスイカ半分食うけどいい?」「絶対ダメでしょ!?」。そんな二人のやり取りを聞きながら、私は持ってきたタオルで目を隠す。
そして今いる場所から始めると私自身もスイカの場所がわかっているということで、目隠しをした私は少し歩き回ってから離れた場所から始める事になったのだが。

「え、待ってよこの3人の誰かが私の目の代わりになるの?」
「なんだよその不服そうな声」
「不服でしょ」
「なんでですか!」


……いや、絶対ただで連れ回さないじゃん。


「……」
「じゃ誰ならいいんだよ」
「……ジャッカル」
「ジャッカル先輩?」
「うん!そう!ジャッカルならいい!安定のジャッカル!なんでジャッカルはいないの!?」
「ジャッカルは彼女とタピってる」
「なんと!」

ジャッカルが彼女とタピオカを飲んでいる。その情報によって私の心は一瞬にして暖かくなり、3人に対する不安なんて吹き飛んでしまった。だってジャッカルと彼女ちゃん、可愛いんだもん。
二人でタピってるのを想像しただけで、他人の私までとても幸せになれるジャッカルと彼女ちゃんはすごい。


「じゃあ歩くぞー」
「はーい」


ブン太の腕に掴まりながら、ゆっくりと砂を踏みしめる。3、4、5……。周りが見えない私にブン太が合わせてくれるから、どの方向に何歩分進んでいるのかが数えやすい。ぶっちゃけ3人がちゃんと指示を出してくれるのかすらも危ういと私は思ってるから、これに関してはとてもありがたい。
あ、左に曲がった。えっと、1、2……。

「あっ!なつこの足元にナマコ!」
「ギャアァァ!」
「ウッソー」
「……」
「ははっ、今の声やばすぎ」
「ああああもう!これだから嫌だったのに!」

横でけらけらと笑うブン太の声を聞きながら、しかし怒りに任せて彼を叩こうにも足元を気にしなければならないからとグッと抑えながら歩く。ああ、本当に心臓が止まるかと思った。よくよく考えればこんな所にナマコなんて居るはずがな……うわ、最悪何歩目か忘れた。

それから少し歩いて、ようやく始まったスイカ割り。

「先ぱーい!まずは左に10歩っすよー!」
「違う違う、最初は右に5歩ぜよ」
「最初から全然違いすぎるんだけど!?」
「このどっちの声を信じるかっつーのもスイカ割りの醍醐味だろい」


隣りに立つブン太が当然の様に言い放った。


「……赤也ぁ!」
「え?」
「ちゃんとしたの言わないと、この間の英語のテストの点数真田くんに言うよ!」
「…………ええぇ!」

悲痛な叫び声の後、こちらに向けて走ってくる足音がどんどん大きくなって。「それはダメっす!絶対ダメ!」。顔は見えないけれど、そう言う赤也の青ざめた顔が目に浮かんだ。確かにあの点数は言っちゃいけない。

「それじゃ、ちゃんとしたの言ってね」
「……」
「赤也の事、私信じてる」
「……ハイ」

「女はこえーな」。隣りで見ているブン太の声はちゃんと私の耳に届いたけど、私は聞こえない振りをしておいた。

赤也がちゃんとした指示をくれるお陰で、その先私が悩む必要は無かった。順調に足を進め、そしてついに、スイカの横に立っている赤也と仁王の声がすぐ近くに聞こえる所までやってきた。


「そのまま振り下ろせば大丈夫っす」
「うん、わかった」


ふう。息をつくと、じんわりと汗が滲んだ。
そうだ。ここは炎天下。足元も熱いし、上からの日差しも熱いし、これってスイカも温くなってるんじゃない?

ぼんやりと真田くんを思い出した。真田くんならどうやるだろう。先程ブン太から渡された棒を、ギュッと握る。


「……ハァッ!」


一度だけ見た真田くんの剣技の様子を思い出しながら、私は力いっぱい棒を握って振り下ろした。ガッ!鈍い音が聞こえて、一気に手の力が抜ける。うわ、すごい、手が痺れてる。


「……」


ん?なんで誰も何も言わない?「ブン太?」と隣りに立っているはずのブン太の名前を呼んだけど、返事は無い。不思議に思って目隠しを外す。太陽の光が、思ったよりも眩しかった。


「……」


光に目が慣れてから、とりあえず返事をくれないブン太を見ると呆然と一点を見つめている。その後に仁王と赤也を見て、そして最後に3人が見ている先へと私も目を移した。


「えっ!?」


思わず私は声を上げた。何故なら3人の目線の先にあったのは、見事に割れたスイカだったのだ。


「え、待ってあれ本当に私が割ったの?」
「……なつこが1人目なんだからそうに決まってんだろい」
「……」
「……」


顔を引き攣らせながら答えてくれたブン太と、もはや何も言わない仁王と赤也。


「ち、違うんだよ今のはたぶん真田くんが乗り移っただけで!」
「いや残念だけどその方がこえーわ」
「で、でも確かに声の出し方が副部長でしたね…」
「ほら赤也が本当に怯え始めるき、変な事は言うんじゃなか。なつこの実力じゃろ?」
「……うん、そうだね。私の実力でした」
「そうじゃと、赤也」
「悪いんすけどどっちに転んでもめちゃくちゃ怖いっす」
「間違いねえな」

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