チリリン。いつもよりも少し騒がしい美術室の中、澄んだ風鈴の音が響き渡る。
今日の美術は、先週からやっている風鈴作り。…と言っても風鈴を一から作るのではなく、透明なガラスの風鈴に自分達で好きな絵を書いていこうという内容だ。


「……」


しかしながら、絵を描くのが苦手な私からすればもはや苦行でしかない。平たい紙に絵を描く事すら満足に出来ないのに、丸い形の風鈴になんて尚更描けないに決まっている。…そこで私は考えた。予め丸い物を描いてみたらどうかと。


「調子はどうじゃ、スイカ農家さん」


横から声が聞こえてきたかと思えば、私の手元を覗き込んできたのは仁王くんだ。綺麗な顔がぐんと近づいて、まるで条件反射のように心臓が音を立てる。


「……無事、明日には収穫出来そうです」


でもそんな自分の心臓は見ない振りをして、私は筆を握る。前回全面を緑色に塗りたくった風鈴に黒い線を引いていくだけなのだが、如何せん失敗が許されないと思うと手が震えてくるのだ。心臓までドキドキしてしまったら、線すらも満足に引けなくなってしまう。
漸く半分程を引き終わり、ふうと一つ息をついた。そしてギザギザしているのが特徴の黒い線を書くだけなのに、私がこんなにも気を使う理由。「ぷっ」。…それは、今まさに横で吹き出した彼にあった。


「笑わないでよう!」
「はは、すまんすまん。けど、改めてシュールな風鈴じゃなと思って」


そう言って仁王くんは、目を細めて笑う。


「仕方が無いでしょ、私は仁王くんみたいに絵上手くないもん」


仁王くんは、絵が上手い。かっこよくて、テニスも強くて、猫にも好かれているのに、絵まで上手い。神は一体、彼に何物を与える気なのか。


「仁王くんは出来たの?」


先生から風鈴を作ると言われた時、仁王くんに言われた言葉がある。
「俺の風鈴とお前さんの風鈴、交換せんか?」。私が絵を描くのが下手なのをよく知っているはずの仁王くんからの提案に、最初は私は断った。私が仁王くんのを貰うのはいいけれど、私のを仁王くんには渡せない、と。しかし「自分で書いた風鈴なんか持ってたって、面白くもなんともないじゃろ?」と説得され、交換する事になったのだ。

「出来たぜよ」
「えっ!見たい!」
「まだダメじゃ」
「ぶー、けち」

だけど、仁王くんはずるかった。私が悶々と横で悩んでいて、それから筆を取って、緑色に塗りたくる所までしっかりと見ていながら、自分が何を書いたのか教えてくれないのだ。「見たら絶交するなり」と言って、自分のを書いている時には私に背を向けて絵を書いたりして。…ずるい。仁王くんは、とてもずるい人だ。


それから私のスイカも無事完成し、後は乾かすのみとなった。先生曰く、一晩乾かせば明日の朝にはもう箱に入れてもいいらしい。「明日の朝、せっかくじゃき一緒に取りに来よう」。そう仁王くんと約束をして、美術の授業は終わった。


* * *


次の日の朝、登校すると仁王くんは既に教室にいた。机に伏せていた仁王くんだったけれど、隣の席の私がカバンをかけると、音に気付いたのか顔を上げた。

そして約束通りに二人で美術室へと向かいながら、仁王くんが何を書いたのか当てっこをした。「金魚!」「違う」「花火!」「残念」「えっ、じゃあもしかして、ビーチボール?」「……なつこと一緒にしなさんな」。そう呆れたように笑う仁王くんは、一体何を書いたんだろうか。仁王くんはずるくて、そして難しい。


「わー、暑いね」


美術室に来ると、中は冷房が効いていなくてとても暑かった。これなら夕方取りにくれば良かったかも。その方が授業で使っていたら涼しかったろうし、それにどうせ持って帰るだけだし。ぶら下がって並んでいるのを見れば、ほとんど数は減っていなかった。


「……はい、スイカ収穫」


「ほんまに個性的じゃのう」。仁王くんはそう言って私の風鈴を取った。チリリン。暑い室内に響き渡った風鈴の音に、少しだけ清涼感を覚える。


「仁王くんのはどれー?」


私もぶら下がっている風鈴達を見ていくけど、なかなか見つからない。ダメ元でヒントを聞いてみれば、うーんと考えてから「俺」なんて言って。俺って何なんだ。仁王くんは仁王くんを書いたとでも言うのだろうか。それでもせっかく貰ったヒントだと一応銀色のものや猫を探したけれど、結局無かった。


「わかんないよう。仁王くん、どこに居るの?」


俺、と言われたのでついつい風鈴の事を仁王くんと呼んでしまう。

「もっと右」
「え?」
「じゃから、もっと右」

後ろで私が探しているのを見ていた仁王くんが、突然声を掛けてきた。右?言われるがままに右へと動いていく。「もっと」「もっと」。そのまま歩いていくと、教室の後ろにいた私はいつの間にか教卓の前まで来ていた。

「はい、じゃあ後ろ向いて」
「……」
「ほーら、探しとった仁王くんぜよ」
「……確かに仁王くんっては言ったけど!」

教卓に腰掛けた仁王くんは、そう叫んで自分を睨む私の頭を撫でながら笑っている。そして私の身体は正直で、そんな仁王くんを見てしまったら鼓動が早くなるのだ。
『どうしてそんなに、嬉しそうに笑うの?』。思いがそのまま言葉に出そうになって、私は慌てて口をキュッと締めた。


「もう、すぐそうやって遊ぶ」


本当はずっと撫でていて欲しいと思ってしまう仁王くんの手から離れ、頬を膨らませた私は再び風鈴の方へと向かう。「ストップ」、後ろから聞こえた声に、反射的に立ち止まる。


「右向いて」


言われた通りに、私は右を向く。


「……え」


あまりにも予想外の絵で、思わず声が漏れた。そこにあったのは、黄色やオレンジ色、茶色を上手く使って描かれた綺麗な向日葵の絵だったのだ。


「ひまわり?」


仁王くんの方を向くと、教卓から身体を起こした仁王くんが歩いてくる。チリリン。仁王くんが持っている、スイカの風鈴が音を鳴らした。
そして私の目の前まできた仁王くんは、ぶら下がっている風鈴を手に取る。やっぱり、向日葵の絵の風鈴だった。…でも、なんで。


「なんで向日葵が仁王くんなの?」


仁王くんと向日葵。いざ仁王くんが描いた向日葵と仁王くんを見比べても、私にはあまりイメージがわかなかった。ん、と仁王くんに差し出されて私は向日葵の風鈴を受け取る。そして仁王くんは、そのまま私の頬を人差し指の背で撫でて。


「お前さんが、俺の太陽じゃき」


真っ直ぐに私を見ながら伝えてくる仁王くんの視線が熱くて、触れる指先が熱くて、まるで焼かれるように私の頬も熱くなる。だけど私には、目を逸らす事が出来ない。

チリリン。どちらかの風鈴が鳴ったけれど、その音が私の耳に届く事は無かった。どくんどくんと鳴り止まない鼓動が、まるで教室に響き渡るんじゃないかと思う程だから。


「ずっと見とったぜよ」


こんなにも心臓の音が煩いのに、仁王くんの声だけはちゃんと聞こえるんだから私の身体は本当に正直だ。この後に仁王くんが言う言葉はきっと、私にとって一生忘れられない言葉になる事だろう。

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