今日は久しぶりの曇り空。毎日毎日よくも飽きずに晴れるもんやと思っていたら、ようやく飽きたらしい。昨日に比べて気温はぐっと下がり、週間天気予報では明日からは雨マークが並んでいた。
携帯を弄りながらなかなか来ない幼馴染を待っていると、閉まっているドアの奥から「でも今日プリクラ撮ろうって約束したんやもん!」と声が聞こえてきた。その後すぐにドアの開く音がして、俺は携帯をポケットに入れて身体を起こす。


「光、遅れてごめん!」


もはやお決まりとも取れるこの言葉。それに対して『今日はどんな夢見たん?』と返すが俺のお決まり。しかし俺の目の前に現れた姿に、今日はその言葉が口から発される事は無かった。


「あ、光はまだ学ランなんや」


「まあ確かに、今日寒いか」。そんな事を呟きながら空を見上げる幼馴染のワンピースの裾に俺の目は釘付けになった。……いや、待って、え?俺の目の錯覚?

そう、今日からうちの中学は衣替えだ。でも衣替えの期間自体が1週間あり、それは言うなれば今週中に完全に移行しろと言う意味。今日から数日間寒いというのを聞いてまだ衣替えはしていない俺とは違い、既に夏制服を身に付けている彼女は、心無しか気分が良さそうに見えた。


「って、時間やばいんやった!」


そう叫んで俺より先に歩き始めた彼女の、ワンピースがひらりと揺れる。決して強い風が吹いている訳ではない。それなのに、ただ足を踏み出しただけではっきりと見えた白い太ももに、俺の目は奪われた。


「…ちょお待ち」


そう声を掛けて、俺は前を歩いている彼女の腕を掴む。「うん?」、振り返って首を傾げて。チラリ。もう一度スカートに目を向ければ、立っているだけでも冬服のスカートよりも断然短いのがわかる。それだけで、心臓が大きく跳ねた。


「え、なつこスカートの丈、短すぎん?」
「……」

俺の発言を聞いて、キョトンと目を丸くする彼女と目が合う。……そして、気づく。やばい。これ、ただの幼馴染が言うたらアカンやつや。
しかしそうは思っても、一度言ったものは取り消せない。それでも掴んでいた腕を離すと、するりと腕は俺の手から離れていった。


「やっぱり光もそう思う?」
「……は?」


やっぱり?今、やっぱりって言うた?「と、とりあえず急ぐよ!」。俺の反応を見た彼女は俺から目線を逸らし、慌てた様にそう言って歩き始めた。


「短いなとは思ったんやけど、衣替え初日にプリクラ撮ろうって友達と約束したの」「でもどうせ着るのも半年くらいしか無いし、明日までにお母さんが周りにお古ないか聞いてみるって言ってたから大丈夫」。
……何が大丈夫やねん。こっちが全然大丈夫やないわ。急ぎ足のせいで尚更チラチラと視界の端に映る白い足には、なるべく目を向けないようにしながら。俺は、腹の中で燻るモヤモヤを消化出来ずに学校へと向かった。



* * *

学校に近づくと、徐々に同じ制服を見るようになった。しかし他を見た事により、俺の横を歩くコイツのそれだけが異様に短いのだと思い知った。
校門を潜って靴箱まで行けば、学年の違うコイツとはバラバラになる。俺は心の中で溜め息をついて、それから息を吸いこんだ。


「なあ」


寒いとは言っていたけど、夏服を着ている本人はもしかしてあまり感じていないのかもしれへん。先程、周りを見て「夏って感じするね!」と楽しそうに笑っていたのを思い出す。


「やっぱそれ、短すぎや」


そう言いながら俺はカバンの中を漁り、黄緑色のジャージを見つけて取り出した。そして戸惑ったような声を上げているのを無視して、ジャージを目の前に突きだす。


「これ腰に巻けば、少しはマシやろ」


一瞬目を丸めてギョッとして、それでも目の前に差し出されたからと反射的に掴んだのを見て、俺は手を離した。


「ほら、はよ巻け」
「や、でもこれ光の部活のジャージじゃ」
「やって今日なつこのクラス、体育着無いやろ?」
「…それは無いけど」


「光、部活の時着るんじゃないの?」。不安そうに俺を見上げながら、ギュッと胸元でジャージを抱き締める姿が、どうしようもなく愛おしい。


「別に部活やったら身体動かせば暑くなるし、明日返してくれればええわ。…せやから、はよ巻き」


未だ俺を見る彼女に、急げという意味で緩くデコピンをする。反射に目を瞑る姿に、そのでこにキスしたろか?なんて思うけど、そんな事は出来る訳が無い。そしてゆっくりと目を開けたかと思うと、観念したのか自らの腰にジャージの両腕を巻き付けた。


「ごめんね光、ありがとう」


そう言って、えへへと笑って。俺のジャージを腰に巻いて、どこか嬉しそうにはにかむ彼女から目が離せない。…ああもう。なんなん。そんなん反則やろ。


「はいはい」


でもそう思っているなんて気付かれないように、適当に流して空を見上げる。
はーあ。今日のこの感じ、ジャージ無いと絶対寒いやつやろ。せやけどその辺の男になんて、それこそ絶対見せたないし。そっと彼女のスカートの方に目を向ければ、先程までの足は見えなくなっているのに、別の意味で胸が熱くなった。

靴を履き替えて、いつもの所で別れる。でも、昨日までの冬服とも去年までの夏服とも違うその後ろ姿を、俺はずっと見ていた。

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