待ちに待った昼休み。お弁当を食べ終えた私は、委員会があるという友達を見送ってから、1人で窓際へと来ていた。


「おおお、暑い」


カラカラと音を立てて開いた窓からは、風はほとんどないのにも関わらず温風の様なものを感じる。しかしまだご飯を食べている人もいる中、屋内でこれをやるのは違うというのはわかっているから。


「何してんの?」


「うっわ暑すぎ」。そう続けながら私の横に来たのは、ブン太だった。


「仁王がシャボン玉くれたからね、せっかくだしやろうかと思って」
「……は?」


何言ってんのコイツ?とでも言いたげなブン太が、私の手を見る。ブン太が見つめる先には、今朝仁王が私にくれたシャボン液とストローがあった。


「何、なつこってシャボン玉好きなの?」


シャボン玉が好きなのか。そう聞かれたのはたぶん、人生で初めてだった。好きなのかと言われれば、言葉に詰まる。嫌いではないけれど、そもそもの話で、虹色に輝きながらふわふわと浮かびながらも触れただけで消えてしまう程に儚い存在のシャボン玉を、嫌いな人なんて居るのだろうか。


「んー、まあ普通に好きって感じかな。でも何年ぶりとかだし、今ちょっと暇だからやってみよっかなって」


素直にそう答えて、私はシャボン玉液の入ったボトルの蓋に手を掛ける。

私はブン太の事が好きだ。しかし私とブン太の関係は、ここで『シャボン玉がすっごい好き!』と可愛く答えるような関係では無い。思った事を言い合える仲のいい友達、という関係だ。
私の答えに無言のままだったブン太が、不意にカーテンを引いた。シャッ。音が聞こえて振り返ると、先程まで後ろに見えていたクラスメイトの姿が見えなくなっていた。


「え、どうしたの?」


横を見ると、ブン太が思ったよりも近くに立っていた事に気づいた。ただカーテンを引いただけなのに、目の前には広い空とグラウンドが広がっているのに。開いている窓の枠に収まるように立っている私達の距離はいつもよりも近く、それはまるで私とブン太が2人きりの小さな部屋にいるみたいに思えて、胸がドキドキと音を鳴らし始める。


「いや、暑い空気なるべく入らねー方がいいかと思って」
「あ、それはそっか。気づかなかった、ありがとう」


お礼を言って、私はブン太からボトルへと視線を移す。…ああ、暑い。しかしながらこの暑さが外の気温が高いからなのか、教室の冷房が感じられなくなったからなのか、ブン太との距離が近いからなのか。

「で、シャボン玉が普通ならさ」
「うん」
「仁王の事好きなの?」
「……はい?」

結局開けず終いだった蓋に再び力を込めている所での、ブン太からの謎の質問。私はまたもや蓋を開ける事無くブン太を見る。


「な、なんでそうなる?」


さっぱり意味がわからない。何を言っているんだ。そう思いながら私はブン太を見つめるけれど、ブン太はチラッとこちらを見ただけで、空を見上げて。

「だってそれ、仁王から貰ったんだろい」
「それはそうだけど」
「…アイツが使ったやつかもとか、思わね?」
「………はあ!?」

何を言い出すかと思えば、この短時間で太陽の熱に頭をやられたのだろうか。…いつもこの炎天下でテニスをしているはずなのに。

「いやいや無いでしょ」
「わかんねーじゃん」
「普通に考えて無いから」
「なんで言い切れんだよ」
「……いや、無いでしょそれはさすがに」

何故だか食い下がってくるブン太に、なに変な心配してんのと話しながら、私は三度目の正直で蓋を開ける。キュポン。懐かしい音がした。


「だからそんなのわかんねーって言ってんじゃん」


そう言ったブン太が突然、私の腕を掴んだ。何かあったのかと思うくらいの力で握られた反動で、危うくボトルを落としそうになるのを堪える。


「……」


何なの。どうしたのよ。ぎゅっと握られた手の熱に、私はそんな疑問を考える事すら出来ない。ひたすらにドキドキという心臓の音が、耳の中に響いている。


「やめろよ、仁王から貰ったやつなんか使うの」


目線を私から外しても、ブン太は私の手を握ったまま。

「なんで?」
「嫌だから」
「……」
「……」
「…仁王と喧嘩した?」
「……してねえ」

「つーかその言い方、なんか変だからやめろい」。そう付け足したブン太が、私の方を見て笑う。う…わ、やばい。太陽に照らされているブン太の笑顔は、いつもよりもキラキラして見える。一気に顔が熱くなるのがわかり、ごめんと謝ってから今度は私が空を見上げた。


「……別に仁王だからじゃねーよ」


私の手の中にあるボトルとストローを、ブン太がするりと持っていく。そして空いた右手で私の両頬をぎゅっと掴んで、私はひよこ口にさせられる。


「俺以外の男から貰ったものでなつこが喜んでんの、全部やだ」


ぐっと近づいてきたブン太と、至近距離で目が合う。
近い。熱い。かっこいい。ブン太が、好き。一気に色んな感情がぎゅっと詰まって、胸が痛いくらいに高鳴る。


「……」


何にも言えなくて、私の両頬を掴む右手をどうする事も出来なくて。ただただ、ブン太の目をじっと見つめる。大きくて綺麗な紫色の瞳が、こんなにも近くにある。その事だけが、私の脳内を支配していた。
少しして、そっと私の頬から手を離したブン太が、今度は頭をわしゃわしゃと撫でた。


「この代わりに明日シャボン玉持ってくっから、昼飯食い終わったら屋上に来て」


固まっている私の目の前にボトルを持ってきて、揺らしてみせるブン太。「わかった?」と聞かれたから、やっとの思いで頷いて返事をする。


「じゃ、シクヨロ」


そう言ってブン太は、先にカーテンの内側である教室へと戻っていった。……今、何が起きた?1人取り残されて、訳のわからないままボーッと外を眺める。暑い。とても暑い。熱くて、暑い。

明日のお昼の事を思い浮かべて更に顔が熱くなるんだから、まだまだカーテンの内側には戻れそうにない。

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