「こっちだよ」

周りを見回しながら博士の案内についていく。こんな奥まで、というか研究室に入ったのは初めて。本が沢山ありすぎて目が回りそうだ。…それにしてもなんでこんなことに…。もうお腹が空いたを通り越して気持ち悪くなってきたよ。

『あー、すっげえ食いたい』
『ミズゴロウ涎出とる』
『まじ?アチャモ拭いて』
『絶対嫌っす』

いくつかの本棚を通り過ぎて研究室の奥に行くうちに、さっき聞いたミズゴロウくんの声と聞いたことのない声が2つ聞こえてきた。アチャ…?生憎名前というものが残りにくい私の耳。おかげで聞こえてきた名前は脳に残ることなく、素通りしてどこかへ消えていった。

やっと本の地獄から解放されたと思うと、テーブルの上に乗っかった3匹のポケモンが見えてきた。

「えっと、青色のポケモンがミズゴロウなのは言ったよね。それと赤と黄色のポケモンがアチャモ、緑色のポケモンがキモリって言うんだ」
「ああ、アチャモ…」
「…やっぱり、ミズゴロウはケーキの匂いを嗅いでいるようだね」

テーブルに置かれたケーキの箱に一番近いのがミズゴロウくん、それに重なるようにしてケーキを覗くのがアチャモくん、それには興味無さそうに座っているのがキモリくん。よし、覚えた(色で分けられてるって素敵)

『あ、これ持ってた人間だ』
『へえ、なんか普通の人っすね』

そりゃそうだ。ケーキなんてよほどじゃない限り普通の人が作るんだから。でもこの子達にはケーキってものがそもそも初めてで、ただいい匂いがするって感じなだけなんだろうなあ。

「うーん…それじゃあ、何かミズゴロウと話してみて貰えるかい?」
「あ、はい」

「んーと…はじめまして、ミズゴロウくん。と、アチャモくんとキモリくん」
『お、こいつからもいい匂いすんぜい』
「え、そうかな」
『?』

私は自分の腕をクンクン嗅いでみる。ウン、無臭だよねそりゃあ。

「ミズゴロウくん鼻いいんだね!」

私がそう言うと、目をぱちくりさせている3匹。ミズゴロウくんはアチャモくんとキモリくんの顔を交互に見つめてから、再び私に目を戻す。

『……俺の言葉わかん、の?』
「うん。私からこれのいい匂いがするんでしょ?」
『…おう』
「じゃあ今度うちにおいでよ、お母さんにこれ作って貰うから!」
『え、まじで?』
「うん!…あ、ウツギ博士いいですか?」

自分が勝手に話を進めているのを思い出して、ケーキを指差したままウツギ博士に聞いてみた。この子達にあげてもいいのかな…?

「う、うん。ポケモン専用のケーキならいいけど」
「それなら大丈夫です!うちはミントがいるので…じゃあお母さんに頼んでみるね!」
『うっしゃあ!』
「……チクサちゃん、本当に話せているんだね」

ウツギ博士が唖然とした顔で言った。どうしてそんなに不思議なことみたいに言うんだろう。テレビでポケモンと話すのは普通に放送されてるし、現にお母さんもミントと普通に会話してるのに。

「ポケモンと話すのがそんなに不思議なんですか?」
「いや、ポケモンと話すこと自体は不思議ではないんだ。でも、ポケモンと話すには条件があってね」
「条件…?」
「うん。ポケモンと仲良くなると、そのポケモンの鳴き声が話し声に聞こえてくるんだ」
「…じゃあ、ポケモンと仲良くなることがポケモンと話せる条件ってことですか?」
「そう。でも、チクサちゃんは今日初めてミズゴロウと会ったんだよね?」
「はい。むしろ、ミズゴロウっていうポケモン自体初めて知りましたし…」



『えー、ミズゴロウさんばっかずるいっす!俺も食いてー!』
『大丈夫だって、俺が代わりに食ってきてやるよ』
『うわー、無いわこのミズゴロウ』

うーんと悩み始めた博士を他所に、後ろではぺちゃくちゃと2匹が話している。その会話が面白くて思わず笑った。でも1匹だけなのも可哀想だし、3匹みんな一緒に来れないかな?

「?」
「あ、すみません。あの2匹の言葉が面白くて」
「2匹…まさか、ミズゴロウとアチャモのかい?」
「そうです。あの、ミズゴロウくんを連れ出す時に」
「それは、アチャモの声も聞こえるということ…だね?」
「…は、はい」

さっき思ったことを聞こうと思ったけど、博士の言葉にそれは遮られた。てか、なんか博士目がキラキラしてない…?

「す、すごいよ!チクサちゃん!」
「…?」
「もしかしてキモリの声も?」
「あ、たぶんさっき3匹で話してたときにですけど、2匹以外の声がしてたので…」
「そうなんだ…!」

どうしよう。博士すっごい笑顔。どれくらいかって、まさにおもちゃを与えられた子供って言ったらいいのかな。でも目はキラキラして、めちゃめちゃ笑顔で、そしてどうしたらいいかわからない私。


とりあえず家に帰りたい