ここは今日もフワフワと気持ちいい風の吹くワカバタウン。強くもなく弱くもない風は、街の周りの木々の香りを運んでいるようだ。

「ミント!」

名前を呼ぶと足元に駆け寄ってくるイーブイ…ミントをチクサは抱き上げる。ミントがチクサの鼻の頭をペロリと舐めれば、チクサも嬉しそうに笑いを溢した。
ヒクッとミントの鼻が動いた。

『なんか甘いいい匂いしてきたよ!』
「甘い?…ケーキかな?」
『私お腹空いたよ〜』
「私も…じゃあとりあえず家に入ろっか!」
『うん!』

勢いよく頷いたミント。チクサもよしと頷いて、いい香りのしてきたであろう我が家に入っていった。





「ただいま〜」
『ただいま〜』
「チクサおかえり!丁度よかった、これウツギ博士の研究所に届けてくれない?」

そう言ってお母さんが差し出したのは可愛くラッピングされたケーキ。ああ、そういえばウツギ博士の奥さんって今日が誕生日だったんだっけ(街の小さなケーキ屋さん…にも満たないけど、お母さんは注文されたら作るという方法でケーキを売っているんだ)
目の前にあるケーキはお腹に刺激が強くて、ぐううとお腹がなった。

「お腹空いた…」
「持って行く間に作っておくから!」

1時までって頼まれたのよ。時計を見れば12時を回っていて、1時間前をモットーにしているお母さんには確かに少し急がなければいけない時間だ。

「…オムライスがいいなあ」
「うん、了解!」
「…じゃあ行ってくる!」

目の前のケーキは見ないことにして、私はケーキを持って玄関に向かう。

『チクサどこ行くの?』
「ウツギ博士の研究所にケーキ届けにね」
『そっか、行ってらっしゃい!』

そう言って耳が揺れたミントを一撫でして、私は家を出た。

ウツギ博士の研究所までは歩いて大体10分くらい。今回は奥さんの誕生日だから、家じゃなくて研究所なんだろうな。ウツギ博士は研究が大好きなのはもちろんなんだけど、影で自分を支えてくれている奥さんのことも大好きなんだってお母さんが言っていた。

「喜んでくれるといいなあ」

そういえばウツギ博士の研究所なんていつぶりだろう。ここ2、3年は確実に行っていない気がする。ウツギ博士や研究員さん達とは挨拶くらいならするんだけど。

しばらくして研究所が見えてきた。研究所に着いてドアを開けると、丁度研究員さんが部屋から出てきたところだった。

「あのー、すみません」
「はい?」
「ウツギ博士に頼まれたケーキを持ってきたんですけど…」
「あ、そうでしたか!お代はまだですか?」
「はい」
「それなら部屋に案内するのでついてきて下さい」

そう言ってくれた研究員さんついて行く。懐かしいなあ、ここ。最後に来たのはフウが具合悪くなったときだった。結果的には風邪だったから問題はなかったんだけどね。

「ケーキは博士の奥さんにですか?」
「はい、少し時間が遅くなってしまって申し訳ないんですが…」
「いえいえ」


「ま、待てー!」

和やかに研究員さんと話しながら研究室に向かっていると、ウツギ博士の慌てた声が聞こえてきた。どうしたんだろう?不思議に思って研究員さんと2人立っていると、ドアの開いている部屋から青い生き物がひょっこり出てきた。

『あ!』
「?」

その青い生き物は嬉しそうに声を上げると、勢いよく走り出した。走り出したはいいけど…ん?あれ?こっち来てない?隣の研究員さんもその子が走ってくる姿を見つめている。何かあったのかな?後ろを見てみても何もない。でもその子も止まる様子もなくて。

「…ん?」

そんな勢いの子が私の前でパタリと止まった。私?そう思った瞬間、小さな青い身体が私に向かってジャンプしてき、

「うわ、わ!」

ケーキを持っていた手は反応が遅くなって、私はそのまま尻餅をついた。お尻に痛みが走る。

「だ、大丈夫ですか?」
「はい…」
『…これだ!』

立つために床に置いたケーキを見てそう叫んだのは、私にアタックしてきた青い生き物。クンクンとケーキの箱に鼻を近づけている。

「チクサちゃん大丈夫かい!」
「あ、ウツギ博士!」
「すまないね。突然ミズゴロウが走り出したから何だと思ったら…」
「いや大丈夫です。それよりケーキ…!」

私は慌ててケーキを持ち上げ中身を確認する。よかった、汚くなってない。クリームを使わないタイプのケーキでよかったと本当に思った。

「ああ、お金は今持ってくるよ!」
「はい」
『ちょ、俺それ食いてえんだけど!』

じたばた暴れるミズゴロウくん?を連れて行きながらケーキを研究室へ運んで行くウツギ博士。ミズゴロウ…初めて見たポケモンだったけど、小さいのにすごい力だったなあ。それにしても、あんなに暴れるほどケーキ食べたかったなんて、なんだか不思議。
しばらくそのまま突っ立っていると、ウツギ博士が財布を持って出てきた。

「ええっと…はい、これでよかったかな」
「ありがとうございます」
「わざわざすまなかったね。ミズゴロウにもびっくりしただろう?」
「そうですね、あんなにケーキ食べたがってるポケモンは初めて見ましたし」
「…ケーキ?」

どういうこと?と言いたげに、それこそ不思議そうな顔をウツギ博士はしている。

「え、さっき暴れながら『俺それ食いてえんだけど!』って叫んでたじゃないですか」
「……」

ウツギ博士は私の隣の研究員さんの顔を見た。研究員さんは頭を傾げてそれに答える。え?みんな聞こえてなかったの?

「チクサちゃん、それは本当にミズゴロウが言っていたのかい?」
「はい。それに私に飛び込んできたのも、ケーキの匂いに誘われてきたんだと思います…たぶん」
「……」
「……」

私がそう言うと、今度は2人顔を見合わせた。

「うーん…ちょっと研究室まで来てもらえるかな?」
「え…?」



そして、出会う