(大学生設定です)
今日は、私の誕生日だ。

「ただいまぁ」

彼に続いて部屋に入りながら癖の様に呟くと、この部屋の主である雅治はおかえりと答えてくれた。彼は自分の部屋に帰ってきた時にただいまと言わないくせに、私の部屋に来た時にはその言葉を言う。理由を聞いたら、自分の部屋には自分を待つ人がいないから、と答えられた。それを聞いて、彼にとって私が自分を待っている人だと認識されている事がとても嬉しく思えた。そしてそれと同時に、彼にも同じ嬉しさを味わって欲しくて彼の家に行く時は私がただいまと言う事にしたのはもう、一年以上も前の事だ。初めこそ驚いていた彼だけど、直ぐに慣れ、こうして私へおかえりを言ってくれる。それは何気無い事だけれど、私達にとってはきっと大事な事だったんだと思う。
誕生日という事で一日付き合ってくれた彼は、電気をつけてから私が今日買ったものを床に置いた。

「先に風呂入る?」

コートを脱ぎながら聞いてくる。私が頷くと、じゃあ入れてくるな、と言って部屋のドア付近に立つ私の横を通ってお風呂場へと向かう。その時にぽすんと頭の上に乗せられた彼の手が優しくて、今日何度も思った彼への気持ちを再び噛み締めた。


お風呂から上がると、彼が先に髪を乾かしていた。

「おかえり」
「……ただいま」

彼の前のテーブルの上に、何やらハンカチが引かれている。そしてその下にはまた何かあるようで、真ん中の部分が出っ張っていた。

「なーに、それ」

ドライヤーを止めた彼の横に座りながら聞いてみる。んー、なんじゃろうな。そう笑いを含んだ彼の話し方は、大体、私を驚かせようとしている時の声だ。

「……」

私へのプレゼント?と自ら聞くのは忍びなくて、でもテーブルの上にこれ見よがしにハンカチを広げているのを見ると、恐らく私へのプレゼントだろうとは予想がつく。

「ほら、おいで」

しかしそれには何も触れず、髪乾かしちゃるぜよ、と彼が自分の胡座の上を叩いた。二つ返事で私はそこへと腰を下ろす。まだ上がったばかりで水分を多く含んだ私の髪。それを、私の肩に掛かったタオルでわしゃわしゃと軽くタオルドライしてくれるのがとても心地良い。

「今日は楽しかったか?」

髪とタオルが擦れ合う音の中、彼の声が聞こえてきた。

「楽しかったよ、すごーく」

私は彼の顔を見る事はなく、彼も私の顔が見れない。それでもその声を聞いただけで彼が微笑んでいるであろう事がわかって、それが嬉しくて私も自然と笑顔になる。
それから手に持つものをタオルからドライヤーに変えた彼と、今日一日楽しかった事について話した。嬉しかったよ。楽しかったね。美味しかったよね。沢山の幸せな出来事が私の中から溢れ出す。それに相槌をして、時々私が雅治は?と聞くと笑って答える彼の手が私の髪に触れるのが気持ち良くて、瞼が少しずつ重くなってくる。

「……眠い?」

大体髪が乾いてきた頃。重たくなった瞼を無意識に擦ると、彼が聞いてきた。

「んー、ちょっと」

しかし擦った目を開くと、目の前のテーブルの上のハンカチが目に入る。……なんだろうなぁ。彼からのプレゼントは、今日靴を買って貰ったし。お風呂で温まった身体に、気持ち良い彼の手、暖かいドライヤーの風が相まって一気に眠気がやってきたのだろう。そして何より、彼の膝の上は何処よりも安心するから。

「もうちょい我慢してな」
「はーい」

私が返事をすると、ほんまに眠そうやの、と言って彼は笑った。仕方がないじゃんか。ここは私にとって世界中の何処よりも安心出来て、何処よりも居心地がいい場所なのだから。
少ししてドライヤーの風が止んだ。彼が手ぐしで私の髪を整えてくれるのもまた気持ちがいい。

「はい、ええよ」
「ありがと」

お腹に回ってきた手と一緒に耳元へと彼の顔が寄せられる。耳に直接かかる息の擽ったさに胸がキュンとときめいた。

「ピアス、外したんじゃな」
「うん。お風呂の時にね」

……あ、明日忘れないようにしなきゃ。お風呂に入る前に洗面所に置いてきたピアスが頭を過ぎる。
彼が顔を寄せた方の耳にだけ開いているピアスの穴は、彼がこの間開けてくれたもの。そして洗面所に置いてきたピアスは、その次の日に彼に付き合って貰って買いに行った時のものだった。

「はは、目ほぼ開いとらんぜよ」

目を細める彼が私の顔を覗き込む。こんなに眠いのにその顔を見て、好きだな、って思っちゃう私は本当に幸せ者だと思う。

「じゃあ、寝る前にそのハンカチ避けてみるかの」
「え、いいの?」
「……そう言われると、ダメって言いたくなるんじゃけど」

拗ねた様に言われてしまい、思わず笑ってしまう。

「天邪鬼だなぁ」
「いいか聞いてくるおまんも意地が悪いぜよ」
「えー、ごめん」

笑いながら謝ると、許しちゃる、とこめかみにキスをくれた。そして離れた彼と目を合わせて笑い合い、私は漸くハンカチへと手を伸ばす。そうして引いたハンカチの下からは、小さな箱が出てきた。

「……?」

なんだろう。彼の方を見ると、口元に笑みを浮かべたまま私を見ている。

「何なに?」
「開けてみんしゃい」

箱を手に取ると、変わらず嬉しそうにする彼からそう言われた。もう一度箱と向き合い、思い切ってギュッと手に力を入れる。カパッと特徴的な音がして開いた箱の中身は、キラキラと白い輝きを放つスタッズピアスだった。

「……え、これは…」

反射で煌めくそれを見つめながら、私には過ぎたものだと言うのはわかる。だって今日はもう、靴を買って貰ったもん。かといって安いものでないのもわかる。

「それは、俺から、おまんと俺へのプレゼント」

私の手から箱を持ち去ると、光の反射を楽しむ様に角度を変えてピアスを見つめる彼。

「俺とおまん、一つずつ付けたらええかなと思って」

おまんが俺の逆に穴開けたいって言った時からずっと考えとった。
そう言って私の右耳を軽く引っ張って見せる。確かにそもそもの私がピアスの穴を開けようと言ったのも、彼が左耳に開けているピアス穴と逆の方に開けたい、というのから始まったものだったけれど。

「……お揃い?」
「ん、お揃い」

私の問いに頷いた彼の顔と、ピアスを何度も交互に見る。

「本当に?」
「じゃあ、嘘」
「えー!」

彼に意地悪を言われた私が声を上げると、箱をテーブルに置いた彼。そしてそのままギュッと抱き締めてきた。
今日はもう寝るから付けれんけど、明日はこれ付けて出掛けような。そう話す彼の声が嬉しそうで、私と同じ気持ちなんだって簡単にわかっちゃう。私は彼の背中に手を回して、ありがとう、と呟く。

「んーん。誕生日、おめでとう」

温かくて大好きな匂いに包まれる。彼といる私は、世界中の誰よりも、幸せな女の子になれるのだ。

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