今日は、私の誕生日だ。
しかしながら、よりにもよって今日は私が日直。別に何がある訳でもないのだけど、日直というのは面倒なのだ。日誌の書き込み、毎時間の黒板消し、宿題の提出、授業の始まりと終わりの時の挨拶など、幾ら二人一組だからとはいえ面倒な事に変わりはない。

数日前の事。現在の日直の人から回ってくる順番と日付を合わせて数え、サイアク、と思わず私は言葉を漏らした。それに対して隣の席の仁王は何の事かと聞いてきて、誕生日なのに日直なんだよねと答えたのもまた同じ日。

『……ああ』

確かに、突然サイアクと呟いて何なのかと思ったら彼にはしょうもない事だったのかもしれないけど。かと言ってそんな適当に返すなんて酷い!

『仁王が一緒にやってくれたらやる気出るのになぁ』

そんな僻みの様な気持ちも込めて私は出来もしない事を口にしてみた。日直というのは一年間同じ人との組み合わせで決まっていて、それは変えられない事だ。もう既に何度か日直をやっているので相手の人が嫌だという事はないのだけれど、それでもせっかくの誕生日なんだから好きな人と一緒に日直をやりたい、と思うくらいは許して欲しい。そしてそれくらいの些細な願いくらいは声に出すのも許して欲しい。

しかし私の気持ちなんてわからない彼は、そんな私の無理なお願いを聞いて鼻で笑った。やっぱり酷い。考えてみるくらい言ったっていいじゃないか。……と思ったけれど、そもそも彼自身が授業にまともに出ていないのを考えるとどう考えても私がほぼ全ての仕事をやる事になるだろう。隣の席になってから何度、誰もいない隣の席を見てきたと思う。しかもよりによって誕生日の日直でやる事が増えるだなんて、それこそ面倒の極みである。

『ま、別にいいけど』

やっぱりいいや。このままいつもの日直をやれば。数秒前の気持ちとは正反対の気持ちになっていた私はそう呟き、シャーペンを筆箱に戻した。


***

「それ、持ってきたからよろしく」
「……は?」

誕生日当日、学校に着いてから友達と一通り話し終わり、ホームルームが始まるからと席に戻ってきたら机の上には日誌が置かれていた。いつも一緒に日直をしている佐藤くんとの役割分担は、私が日誌を書く事と宿題の提出で、佐藤くんが黒板消しと授業時の挨拶だ。だから日誌が置かれている事自体は全く違和感が無い。
しかし先程の隣りの仁王の発言に加え、開かれたページの担当者名の場所にはなんと、私の名前と仁王雅治の名前が書かれていたのだ。

「な、何これ」

慌てて日直のパートナーだった佐藤くんの方を向く。まさか休みなのかと思ったけれど、本人はなんて事なく友達と話しながら笑っている。もう一度日誌へと目を落とす。やはり私の名前の隣りには、仁王雅治という文字が書いてあった。

「交換した」

横から声が掛けられて顔を上げると、仁王はけろっとした顔。…な、なんで?と思って思い出されるのは数日前の会話。確かにそうは言ったけれど。日直の交換なんて、いやいや、嘘でしょ。……本当に?
困惑する私を他所に入ってきた先生からは、ホームルーム始めるぞと声が掛けられた。

「起立」

朝だからか、いつもの彼の声よりも低いそれが隣りから聞こえてきた。恐らく他の生徒達が一斉にこちら、というか仁王の事を見ながら立ち上がる。何故恐らくなのかと言えば、私も一斉に彼の事を見ながら立ち上がる人間の一人だからだ。こんな風に挨拶した事なんて今まであった?私の隣で日直するのは見た事はあったけど、時々する黒板消しと宿題を持っていく所くらいしか見た事がない。
こんなにもクラス中の目を集めているのを知ってか知らずか、おはようございます、と日直の役割である挨拶を声にする。それに合わせて不揃いにも皆が同じ事を声にしてその後すぐにガタガタと席に着いた。
今日の3時間目の理科は理科室で…。先生が今日の授業について説明していく。

……本当に、日直やるの?
しかしそんな先生の説明は殆ど私の脳に留まる事は無く、そのまま耳をすり抜けていってしまったのだった。


「黒板消しに行こ」
授業が終われば私を誘い、一緒に黒板を綺麗にする。黒板消し綺麗にしに行くき、ついてきんしゃい、とまさか仁王の口から出るなんて思えないような言葉に耳を疑いながらもついて行った2時間目の休み時間。


「それ、そんな風に書くんじゃな」
まじまじと私の手によって書き込まれていく日誌を見ながらポツリと呟く。こんな物に興味を持つなんて、と思いながらも仁王も書く?と聞いてみたら頷くもんだからびっくりしたお昼休みが終わる5分前。


「ありがとうございました」

そして今、6時間目の授業が終わった。一瞬にして騒がしくなる教室内。部活に行く人も帰る人も、授業からの解放は皆平等に嬉しいのだ。
……しかし、今日は一体何だったのだろう。私の思い描いていた誕生日の日直とは大きくかけ離れ過ぎていて、一日が過ぎ去ったという実感がいまいち湧かない。しかし目の前にある日誌は確かに6時間目と最後の一日の振り返り欄だけを残して埋まっているし、5時間目の授業についての所には『もっと英語のリスニングはカタコトにしてもいいと思う』と彼の字で書かれている。

「提出しに行くん?」

彼に聞かれて弾けた様に隣を向くと、既に机の上は綺麗になっていた。

「あ、うん。ここ全部書いたら」
「わかった。俺も行くき、終わったら声掛けて」

そう言って彼は携帯に目を移す。部活あるんじゃないの。行ってもいいよ。そんな言葉が口から放たれそうになったのをグッと堪えて日誌に向き合った。
日誌を書き終わり、声を掛けると彼はカバンを持って立ち上がった。どうやら、本当に一緒に行ってくれるらしい。私は友達と待ち合わせをしているからカバンは置いたままで二人、教室を出た。

「……今日さ」
「ん?」

ずっと、気になっている事がある。どうして今日、わざわざ日直を一緒にやってくれたのか。いつもよりもちゃんと日直をしてくれたのか。毎時間一緒に黒板を消す時、あんなに楽しそうにしてくれたのは何故なのか。

「……私の誕生日だし、晴れて良かったなぁって」

でも、気になるからと言って聞く事は出来なかった。勘違いだとしたら、もし私が一日感じたこの感情が勘違いだったとしたら。恐らく一日中高鳴り続けたこの心臓は、その事実を受け止められないだろうから。

「そうやの」

私の目線を追うように彼は窓の外を眺めた。白く浮かぶ雲はまるで仁王自身のようで、少し胸がキュッと締まる。わからないよ、仁王。どうして一緒に日直をしてくれたの。何度もやってても、日誌すらちゃんと見た事がないと言うくらいなのに。
職員室に着き、先生に日誌を提出する。そういや今日の日直って仁王だったっけ?と先生が核心を突く質問を投げ掛けたせいで、私の心臓が大きく飛び跳ねた。息を飲んでそのまま無意識に吐くのを止めてしまう。

「あー、佐藤の彼女が俺の日直と同じだったので、代わって欲しいって言われて」

顔色一つ変える事なく、彼は答えた。そんな横顔を眺めながら、自分の胸の中に冷たい空気が流れたのがわかる。……なんだ、仁王の意思じゃ無かったんだ。
先生はその理由でちゃんと納得し、私達は職員室を出た。さっき入る前と同じ景色な筈なのに、それは全然違って見える。
恥ずかしい。切ない。悲しい。気持ちだけでこんなにも見える景色が違ってしまうんだと、心の中でひっそりと驚いた。

「じゃ、部活行くな」
「……ん、今日は日直ありがとうね」

全部私の勘違いだった。恥ずかしくて悲しくて切ないただの、勘違いだったのだ。

「日直、楽しかったぜよ」

……何それ。期待させる様な事、そんな本気で思ってるみたいに言わないでよ。代わりに仕方が無くやったんでしょ。

「それなら良かった」

ああ、全然笑えている気がしない。私を見る彼の表情はそんな私の心境を確信させるには充分だった。なんで今日が誕生日なんだ。こんなの、明日でも明後日でも昨日でも一昨日でも辛いのに、どうして今日なの。

「……すまん、嘘ついた」

私から目を逸らした彼の目は、壁の掲示板に貼られているプリントへと向けられる。

「さっきの、佐藤の話、半分嘘じゃ」
「……半分嘘?」

首の後ろに右手を回して言いづらそうに話し始めた彼の声は小さく、しかし周りを歩く生徒達の足音なんかに掻き消される事は決してない。

「佐藤の彼女と一緒なのは合っとるけど、代わってくれって頼んだのは俺の方」

バチッと音が聞こえそうな程に彼と目が合った。其の瞬間に一際大きく鳴った鼓動は、彼の言葉の意味を理解して早さを増していく。

「……じゃ、日直お疲れさん」

誕生日おめでとう、と付け足した彼のカバンから出てきたのは私の大好きなお菓子だ。いつも隣で食べている私が彼にあげようか聞いても受け取ってくれない、のに。

お菓子を受け取れば、彼の優しい笑みに胸がキュンと甘く痺れた。
一人教室に戻り席に着くと、やっぱり今日一日は夢だったのかなと思わずにはいられない。届かんじゃろ、とからかう様に笑って上の方を消してくれた。今日の宿題多すぎん?と言いながらも、私の持ち分よりもいっぱいのノートを持ってくれた。
思い出すだけで胸がキュンキュンと苦しいくらいなのに、この手にある真っ赤な箱に入ったチョコレートが夢じゃない何よりの証拠になる。いつもなら友達と分け合うけど、これは私が全部食べるんだ。そう決意をし、カバンの中にそっとしまった。

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