今日は、私の誕生日だ。


『数学は得意?』

それは席替えをした次の日だった。隣になった幸村くんが突然私の名前を呼び、そう聞いてきたのを今でも覚えている。
幸村くんと言えばあの男子テニス部で一年生からレギュラー入りしているのにも関わらず、とても綺麗な顔立ちと澄んだ声、それに加えて花が好きで花壇のお世話を積極的に行っている姿も相まってもはやこの学校の王子様の様な存在だ。
そんな王子様の隣りの席になっただけでも校内の女子の半分程からは羨ましい、もはや妬ましいという目線が届きそうなものなのに、声まで掛けられてしまったのだ。
自分自身を幸村くんのファンだと思った時はなかった。けれど、異性としても同い年の一人の人間としても凄い人なんだろうなぁとは思う。でもせいぜいそれくらい。活躍する幸村くんを遠すぎる距離で見ていた私には、そう思うくらいが限界だった。

『えっ?』

驚きの余り、思わず息が詰まった。反射的に振り返ってこちらを見ている彼と目が合えばそれだけで頬が熱くなる。同じクラスになったとしても、所詮はただのクラスメイト。会話なんてする事も無く一年が過ぎ去るものだと本気で思っていたから。頭が真っ白になりながらも質問に答えると「そうなんだ」と言って彼は顔を前に戻した。

……一体なんだったんだろう。幸村くんから話し掛けられたなんて、もしかしてこれは夢なのだろうか。そう思って自分の頬に触れると、そこは確かに熱を持っていた。


『そのキャラクター好きなの?』
『この間も食べてたよね、そのお菓子』

しかしながら、それから何故だか毎日質問される様になった。次の日もまた次の日も質問されては答える。そんな日が一週間もすると、私からも『幸村くんは?』と聞き返せる様になってきた。少し驚いた表情をした彼だったけれど、何処か嬉しそうに答えてくれて。
何故私にこんな事を聞くのだろう。最初の時に思った私の疑問は、いつの間にか消えていた。




「おはよう、誕生日おめでとう」

ホームルームが始まる少し前。友達の所から席に戻っていたら、幸村くんが声を掛けてきた。

「幸村くんありがとう!」

不思議な感覚だ。あの幸村精市くんに、お誕生日おめでとうと言われるなんて。今はもう席が離れてしまったけれど、変わらず毎日質問はされるし声も掛けてくれる。
昨日は確か、二度目の好きな花の名前を聞かれたんだっけ。まだ隣の席になってから日が浅かった時に一度聞かれたけど、その時は答えられなくて。幸村くんと仲良くなって花について色々と聞いて、それでやっと答えられたのだ。

今日は幸村くん、学校に来るの遅かったなぁ。寝坊でもしちゃったのだろうか。そんな事を思いながら自分の席を見ると、さっき友達の所に行くまでは無かった、私の好きなお菓子がそこには置かれていたのだ。

「ん?」

よく見ると、そのお菓子には"1"と書かれている。そしてその裏には紙が貼られていて。……誰だろう。友達にはさっき貰ったし、他のクラスの子かなぁ。
まだ先生は来ていないからと、何の気なしに紙を開く。しかし上に"6"と書かれたその紙を見たその瞬間、私の時は止まった。

『好きです 付き合って下さい 幸村精市』

何、なに、待って何これ…?頭の中が軽くパニック状態に陥る。好きです?付き合って下さい?幸村精市…?全ての意味が理解できないくらいなのに、その字が何度も隣の席の時に見た綺麗な幸村くんのそれと全く違わなくて。それがより一層私の鼓動を早める。でも幸村くんの方を見ても特に変わりなく、というかさっきも普通に挨拶してくれたし。

疑問が深まる。……もしかして間違えたのかな。確かにこのお菓子は私が好きな物だけど、なんていうか、名前も書かれていないし好きなお菓子という事以外は私である要素がひとつもないから。

でもそうは思っても、心臓が破裂してしまいそうなくらいにドキドキしている。だって、相手は幸村くん。私じゃなくて誰かに告げた言葉であっても、こんな事ってあるだろうか。とにかく幸村くんに言わなくては。相変わらず高鳴る胸は収まらないけど、間違っていたら大変だ。というか私にそんな事を言う訳がないし、絶対に間違っているんだから少しでも早く言わなければ。


ホームルームが終わり、私はすぐに立ち上がって彼の元に向かう。お菓子と、それに添付された紙、そして大きな音を立て続ける私の心臓と共に。

「あ、ゆ、幸村くん」
「……あれ、もうバレた?」

そう言って照れくさそうに笑った幸村くんの笑顔に、それだけで手が震えそうになる程に鼓動が早くなる。

「じゃあ」
「あー、待って待って。まだあれで終わりじゃないんだ。せっかくだから、最期まで付き合って欲しい」

穏やかな笑みを浮かべたままなのに、有無を言わせないその感じは何度か見た事がある。いつもはテニスの時に向けられていたその目が私に向けられているなんて。

「う、うん」

あんな目で見られてはどうしようも無くて、結局私には頷く事しか出来なかった。私はお菓子と手紙を持って自分の席に戻る。それでもとてもじゃないけど頭が働かなくて、授業の内容はまるで頭には入る事はなかった。



二限目は移動教室。友達に声を掛けられて一緒に音楽室へと向かう。向かっている途中のすれ違う友達にもおめでとうと声を掛けられ、とてもハッピーな筈なのに、どうしてもあの手紙の事が頭から離れない。……バレた?って、どういう意味だったんだろう…。

幸村くんはギリギリに教室へやって来た。しかしその顔は何故か顔面蒼白、そのくせ私と目が合った瞬間に顔が真っ赤になってしまった。なになになに?どういう事?



「あのさ、少しいいかな」

結局何があったのかわからないまま授業が終了して、友達と教室に戻ろうとしたら幸村くんが声を掛けてきた。

「……うん」

友達に言って先に行ってもらい、彼と廊下で二人きりになる。……だ、ダメだ。私の感覚ではもはや、隣にいる彼にも私の心臓の爆音は聴こえている気がする。こんなにも大きな心音が私の中だけに収まる訳が無い。

「……さっき渡したお菓子に付いてた紙なんだけど」

そう私から目を逸らす幸村くん。

「もしかして、その」

し、心臓が、止まっちゃう。

「好きです、とか書かれてた?」

さっき文字を見ただけでもあんなにドキドキしたのに。彼の口から声となって出てきたその言葉の破壊力と言ったらもう、それはもう。

「……」

言葉になんて出来る訳が無く、必死の思いで頷く。そんな私を見た彼はゆっくりと目を閉じた。




「違うんだ。全部用意してたんだよ、毎時間毎に置けるようにって」
「うん」

彼のカバンの中に入っているであろう私の好きなもの達を想像しながら彼の隣を歩く。

「まさかよりにもよって最後のを貼り付けるなんて」

寝坊なんてするもんじゃないなぁ。困った様に笑う彼の手は、しっかりと私のそれを握っていた。

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