今日は、私の誕生日だ。
『……俺も同じぜよ』
去年、同じクラスの仁王くんと隣の席になり、ぽつぽつと話す様になった頃。何でそんな話になったのかは忘れてしまったけれど、お互いの誕生日の話になった。私の誕生日を教えると、少し黙った彼がそう返してきたのだ。
『え!仁王くんも同じ誕生日?』
『……ん』
仁王くんがコクリと頷くと、肩に掛かっていた彼の髪が後ろに落ちていった。
『すごい!私、同じ誕生日の人に会った事無いから嬉しい!』
仁王くんは他に出会った事ある?と聞いた私は、少なからず興奮状態にはあった。だって同じ誕生日だなんて、それだけで一気に距離が縮まった気がしてしまっても可笑しくないと思う。
ううん、そう首を横に振った彼を見て更に何だか近づいた気がして。胸の中に淡く通った喜びを、私はそっと噛み締めた。
「仁王くん、お誕生日おめでとう」
コトン。先程自販機で買ってきた、彼がいつも飲んでいるカフェラテを机に置く。
「……」
携帯を弄っていた彼は目線を上げて、私の目にそれを合わせた。しかし直ぐにそれは逸らされてしまい、それから暫くして、ありがとうとお礼を言ってくれた。
「お前さんも、誕生日おめでとう」
「うん、ありがとう!」
素直に嬉しかった。好きな人に誕生日をお祝いして貰えたというのは、こんなにも嬉しいのだと、緩む頬を隠す事はせずにお礼を言った。
同じ誕生日だとわかってから、仁王くんと私は着実に仲良くなっていった。よくわからないと思っていた彼だったけれど、話せば話すほど話す事は年相応で、知れば知るほど優しい人なのだと思った。そして3年生になり、再び同じクラスになってもそれは変わらない。そんな彼に対する私の想いも、少しずつ募っていった。
「あー、俺もおまんに…」
そう言って彼が机の横のカバンに手を掛ける。え、まさか、仁王くんも私に…?期待を感じた心臓は、簡単に鼓動を早める。
丁度その時、教室の外から私を呼ぶ友達の声が聞こえた。
「もうちょっとしたら行くー!」
振り返って返事をして顔を戻すと、仁王くんは手を掛けていたはずのカバンを元に戻していた。
「俺は後ででもええき、先に行ってきんしゃい」
変わらず私を見上げる彼の目には、私の期待は伝わっていなかったのだろう。それだけ言うと、再び携帯の画面を明るくさせた彼。
「わかった」
そう返事をして友達の所に向かおうとした私は、後ろから聞こえた彼の声に再び顔を戻した。
「これ、ありがとうな」
真っ直ぐに私を見る彼は何処か不安そうで。でもちゃんとはわからないまま、私は頷いてから彼へと背を向けた。
それは、2時間目の休み時間だった。
「自販行かん?」
今はもう隣りで無くなってしまった私達だったのに、彼はわざわざ私の所に誘いに来たのだ。
「え、自販?」
「ん」
彼が頷いたのを見て、カフェラテが嫌だったのかと一瞬不安になる。でもすぐ後に、カフェラテのお礼したい、と言われて納得した私は立ち上がった。
……しかし、だ。朝に彼は、俺も、と言ってカバンに手を掛けていたはずだ。私が誕生日おめでとうと渡した後にその発言は、俺も用意してきた、となるのではないだろうか?
「空、晴れとるのう」
「あー、ね」
違う?私が早とちりし過ぎただけ?悶々と悩む自分の脳内のせいで、彼への返事は曖昧な言葉しか出てこない。
気付いたら自販機は目の前だった。考えれば考えるほど、自分の勘違いだと思って恥ずかしくなる。そしてそこから話は飛躍して、私からのプレゼントは余計だったのではないか、嫌だったのかも、とすら考える様になっていた。
「じゃ、どれでも好きな物選びんしゃい」
そう彼が小銭を入れるのを見ながら、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。もしかしたら、飲みたくもないカフェラテだったのかもしれない。なのに私があげてしまったから、彼にはこうして私に買う羽目になってしまったのかもしれない。
「……」
そんな事を思ってしまってはとてもじゃないけど彼の方は見れなくて、とりあえず無意識に目の前にある物を押していた。ガコン。それはすぐに、音を立てて落ちてきた。
「え」
隣から彼の声が聞こえて、ハッとして慌ててしゃがんで取り出す。それは人生で初めて買った、ブラックコーヒーだった。
「……お前さん、コーヒー飲める様になったん?」
不思議そうな仁王くんの言葉に私が答えを言うとしたら、ノーだった。でもせっかく好きな物を選んでもいいと言われて、間違って買ったなんてそんな、それは流石に言えない。
「う、うん。まぁね」
そう答えてから、お礼の言葉を付け足してポケットにコーヒーを忍ばせた。
「仁王くんも何か買う?」
「あー、ん」
頷いてもう一度小銭を自販機に入れる彼の手を見て、やっぱり胸が苦しくなる。ああ、やっぱりカフェラテの気分じゃなかったんだ。しかし彼が選んだ物を見て私はギョッとした。ええ、仁王くんって……。ガコン。同じ様な音を響かせて落ちてきたそれを、今度は彼が取り上げる。
「はい」
身体を起こした彼は、そのまま私に向けて今落ちてきたばかりのココアを向けた。
「え……」
なんで。だって私、さっきコーヒー買って貰ったのに。驚いて何も言えず、ココアと彼の顔を交互に見る私を見て彼が笑顔になる。でもそれは、何故か直ぐに解かれてしまった。
「……これは、嘘ついたお詫びじゃ」
「……嘘?」
眉を顰める彼は、そう言うと目線を落とした。
「俺の誕生日が今日っていうの、あれ、嘘」
「……は」
──嘘、というのは?
「今日、仁王くんの誕生日じゃないって事?」
自分でも何を言っているのかよくわからない。でもそれを聞いた彼が頷いてしまったのだから、このよく分からない事は、真実という事になる。
「な、なんで」
意味がわからなかった。ココアを受け取った手はそのままの位置で動きを止めていた。
「それは、なんか気付いたら、俺も同じって答えとって」
「……」
「でもおまんめちゃくちゃ喜んどったから、今更違うとも言い出せんくて」
すまん、と彼が頭を下げる。そして理解した。ああ、本当に私と仁王くんは同じ誕生日では無かったんだ。
「ご、ごめんね私が勝手に盛り上がっちゃったから」
「いや、それは違う」
私の言葉を遮り、深いため息をついて。顔を上げた彼と目が合う。
「……けど、理由は今はまだ言えん」
だから代わりに。そう言って彼が自身のブレザーのポケットから取り出したのは、私が時々食べてるお菓子のミニタイプ。
「誕生日、おめでとう」
「……いつか理由教えてくれる?」
左手とココアを持ったままの右手、両手でお菓子をお迎えに行ったものの、それは受け取る前に一旦その場で止めて。私がそう聞くと、彼は少し困った様に笑った。それだけで嬉しくなるのを、彼は知っているのだろうか。
おまんと共通の話題が欲しかったんやと思う。そう、本当の理由を彼が教えてくれたのは、彼の本当の誕生日の次の日になるのだった。