今日は、私の誕生日だ。

『よろしくね』
初めて隣の席になった観月くんに声を掛けると、少し目を大きくして私を見る。
『ええ、よろしくお願いします』
そう一言返して、彼はすぐに前を向いた。……嫌だったかな。ニコリともしなかった彼の横顔を眺めながらそう思って、それ以上自分から声を掛けるのはやめようと私はこっそりと心に決めた。
『こちら、先日実家から送られてきた物なのですが』
そう思った次の日だった。『部員に配っても余ってしまったので、よろしければ召し上がりませんか?』と差し出されたのはさくらんぼ味のお菓子。
『え、いいの?』
『ええ』
綺麗に口角を上げた彼から、お礼を言いながら受け取る。嫌だと思われたと思っていたけど、そういう訳でもなかったのかな。甘いの好きだから嬉しい。そう続けると、んふ、そうでしょうと特徴的な笑いと共にくるんと自分の髪を指に巻き付ける。……でも、あれ私、甘い物好きだとかって言ったっけ?そんな疑問が頭を過ったものの、女子自体がお菓子を好きだって話かなと自分の中で納得した。
『観月くん、昨日のお菓子美味しかったよ。ありがとう』
そうして昨日の今日、距離が縮まった気がして私の方から声を掛けてみた。
『……そうですか』
しかし、ギクリと肩を震わせた彼は一言そう答えるとすぐにまた前を向いた。
……やっぱり嫌だったのかな。胸の奥がちくりと痛むのを感じる。観月くんも甘いの好き?という質問を飲み込み、私も前を向いた。


「私ってやっぱり嫌われてるのかなー」
「そんな事は無いと思うが」

私の質問に対し、目の前の人は困った様に笑いを零す。今私の隣の席に座るのは、中学校の時から仲良くしている赤澤くんだ。
朝、一人席に着いていると、お祝いの言葉と共にクッキーの箱が置かれた。中学の時に同じクラスになったのをきっかけに赤澤くんとは仲良くなった。今でこそ違うクラスになってしまったけど、なんだかんだで会えば話すし、こんな風に誕生日にはお互いお菓子を送り合うのはそれから三年経った今でも変わらない。

「そうかな、でも本当に私が話し掛けるとすぐ会話終わっちゃうんだよね」

隣の席になってから二週間。観月くんは最初のイメージとは違い、思いの外私に話し掛けてくれる。……のだけど、それに対して私が質問を返したり逆に声を掛けた時は、表情が強ばったり会話がすぐに終わったりと明らかな拒否反応が見えるのだ。

「それは、まぁ、なんだ」

私から目線を逸らすと、赤澤くんは言葉を濁す。
この後職員室に行かなければならないという彼を無理やり引き止めて、誕生日だからお願いを聞いてくれと観月くんについて相談をしたのだ。しかしこの反応、もしやこれは何か知っているのでは?

「じゃあさ、赤澤くんは観月くんから私の話何か聞いてない?」

ウザイとか、顔が変とか。指折り数えて例えばを並べようと思ったけど、早々にネタが尽きてしまった。だってわざわざ赤澤くんに相談される程、私と観月くんの仲は深いものでは無いから。

「そういう類の話は全くないから安心してくれ」
「えー、本当に?もし何か隠してるなら言ってよ」
「……」

私がそう言うと、またもや赤澤くんは目線を逸らした。

「ほらやっぱり!」

赤澤くんは、嘘をつくのが得意ではない。それは彼の良い所でもあるのだが、こういう時は大変だろうなぁと思う事がよくある。かと言って今はそれに同情すること無く、むしろ私は身を乗り出して彼に詰め寄る。

「大丈夫、絶対怒らないし観月くんには言わないから」
「そういう事じゃなくてだな…」


「赤澤くん?」

凛とした声が私と赤澤くんの耳へ届いた。驚いて振り返った赤澤くんの頭の奥には観月くんが立っていた。

「おお、観月。おはよう」
「おはようございます」

赤澤くんに返事をした観月くんは今度は私へと目を移す。

「おはようございます」

いつもの様に挨拶されて、同じく挨拶を返す。するとそれを見た赤澤くんは急いで立ち上がり、彼へと席を譲った。

「じゃあ俺は職員室に行くからな」

私に言っているのか、でもなぜだか観月くんに言っているようにも見える言い方をした赤澤くん。そして最後に「観月、お前の隣の席のやつが、自分の顔が変だから話してくれないんじゃないかって言ってたぞ」とサラッと爆弾を落として去っていった。

「えっ……」

赤澤くんの言葉を聞いた観月くんは、あからさまに困惑の表情を浮かべている。慌てて私は弁解の言葉を探した。

「あ、えっと、その」

観月くんが私と話してくれないのは、私に何か理由があるのかなって思って。はは、と最後に申し訳程度の苦笑いを付け足してしまった。うわ、どうしよう今の絶対変な顔してた。そう思ったものの出た物はもう取り戻せない。諦めて最後の抵抗にと、目を逸らす。その先に見えた空に雲はひとつも無かった。

「話していない、ですか?」

そう呟くように言って、彼は更に困惑の色を濃くする。

「いや違うくてね、観月くんからは声掛けてくれるけど、私から話し掛けるとなるとこう、あんまり会話が続かないかなーって」
「……」
「あ、でも私の気の所為だったらそれでいいの!」

大丈夫大丈夫、と続けた言葉は彼へ向けたものか、それとも私自身に言い掛けたものなのか。口から出た言葉に流されるように私は笑みを浮かべる。

「……いえ、そうですね。もしかしたら貴女が仰る通りかもしれません」
「えっ」

今度は私が驚く番だった。それはまさか、私の顔が変だって言う事?確かに観月くんの様に美しい顔をしている訳でも無いけど、でも、そんな直球で言う?

「すみません。貴女の顔が変だという様な事は決してありませんが、そこは、僕自身にも色々とあるんです」
「……」
「ですがその様に思われるのは私にも本意ではありませんので、これから善処します」
「は、はい」

そして、そう言って彼は机の上のカバンに手を入れる。中を見て、チラリとわたしの方を見ると軽く咳払いをする。

「お誕生日おめでとうございます」

真っ直ぐに私の目を見て、観月くんは何やら紙袋を差し出してきた。

「……え、ちょっと、あの」
「何も言わなくてもいいです。ですが貴女の事を考えて選びましたので、受け取って下さい」

私を見る彼の目に吸い寄せられるように手を伸ばす。カサ、と音を鳴らしたその袋からは私の大好きな香りがした。

「ありがとうございます」
「いえ」

首を横に振り、口角を上げる彼は今日も美しい。しかしこの美しさはいつもここまでで、私がここから切り返すと途端にこの美しさは影を潜める。……でも。

「あ、観月くん」

善処する、って言ってたよね。

「……」

どうして私の誕生日知ってるの?
どうして私の好きな香りを知ってるの?
本当はまだまだ、沢山聞きたい事はあるけれど。

「観月くんの誕生日、私にも教えて欲しいな」

目を丸くした彼の手が止まった。そして一度逸らした目は、再び私に向けられる。

彼のくれた紙袋から漂う優しい香りが、私達を包んでいた。

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