今日は、私の誕生日だ。


そしてこれは、昨年の誕生日の話。二年生の時の私はなんと、あの白石蔵ノ介くんの隣の席だった。それだけでも当時の私にとっては、今まで生きてきた人生の中でも一番幸せだったと自負出来るくらいの幸運。毎日が楽しくて、周りの目を盗んでは隣で様々な表情を見せる彼を見ていた。

「誕生日おめでとう」

しかし、そんな私にとって最大の奇跡が起きた。なんと、私の誕生日に白石くんから誕生日プレゼントが渡されたのだ。本気で一瞬何が起きたのか分からなかった。そもそも白石くんが私の誕生日を知っていた事にも驚きだったし、何よりも私は、4月のクラス替え直後にあった彼の誕生日にプレゼントは渡してなかったから。

「ええ、そんなん気にせんでええよ」

そう首を横に振る彼は、目を見開いて驚いた顔をしていた。全然、ほんま大したもんやないから。そう言われながらそっと袋を開けて確認すると、それは私の好きなキャラクターのついたタオル地のハンカチ。

「妹と買い物に行った時に買ってんけど、それ好きやった……よな?」

カバンについたキーホルダーを見ながら彼は聞いてくる。大好きです、そう何度も頷く私を見て安心したように目を細めた白石くん。ギュッと握り締めたハンカチと一緒に、彼のその笑顔を私が心に焼き付けたのを彼は知らないだろう。



それから一年後の、今日。残念ながら、本当に本当に残念ながら白石くんとはクラスが離れてしまい、今は殆ど話す機会も無くなってしまった。一応彼の誕生日にスポーツタオルを買ったのだけど、他クラスになってしまった事もあって結局渡せなくて。かと言って自分で使う事も出来ず、そのままロッカーに入れっぱなしのスポーツタオルを見る度、自分でも切ない気持ちになる。何度も忘れようと思うのに、その度に彼のくれたハンカチが物凄い急ブレーキとなって私に忘れる道を行かせなかった。そうして今日も私は、そのハンカチをポケットに入れて学校に行く。

学校では友達におめでとうと言われ、それだけで幸せな気持ちになった。しかし、朝のホームルームが始まる少し前。このくらいの時間だったよなぁ、とぼんやりと思い出すのは昨年の事だ。白石くんが私にプレゼントをくれた昨年の今日はもう二度と訪れないし、恐らく最初で最後であっただろうけど。でもハンカチはきちんとあるし思い出だってあるのだから、それだけで充分だ。そう心に言い聞かせながら、ホームルームを告げる鐘の音を聞いた。
そして私が誕生日だろうと当たり前に授業が始まり、すっかり誕生日ムードも無くなった三時間目の休み時間。友人とトイレに向かった帰りの事だった。トイレから出てきた私は、ハンカチを忘れたという友達にハンカチを貸していた。ありがとー、と言う友人からハンカチを受け取り、ポケットに入れる。そこで聞き覚えのある声に名前を呼ばれて初めて、自分の教室の前に白石くんが立っている事に気づいた。

「あ、白石くん」

彼を見ただけで、ドキドキと鼓動が音を立て始める。もしかして、と思いが過ぎる。

「……あ、えっと、ごめん」

しかし私の淡い期待はすぐに散る事になる。困った様な笑いを浮かべた彼は、背中を向けてそのまま去っていってしまったのだ。ドキドキと高鳴っていた鼓動は、まるでその音を変えた。……私、何かしたっけ。声を掛けただけで困った顔をされるくらいの事を知らぬ内にしてしまったのだろうか。

「……」

友人に続いて教室に入る。けれど先程まで見えていた教室内とは全くもって違うものになっていた。私だけが違う、のに。周りも友人も、全部トイレに行く前とは変わらない。そしてポケットにハンカチもある。だから昨年の思い出は嘘ではなく、あの温かくキラキラしていたものが変わる事はないのに。思い出す彼の笑い顔が悲しくて辛くて、まるでハンカチまでもがその意味を変えてしまったような気持ちになった。

悲しい気持ちはそのままで四時間目が終わり、迎えたお昼休み。お腹、空いてないな。いつもだったらペコペコなのに、気持ちとはこんなにも身体に影響を与えるもので、そして私の身体はこんなにも正直なのかと驚いた。それでも友人達とお昼ご飯を食べる為、お弁当を取り出して机の上に置く。するとそれと同時に、視界に学ランのズボンが目に入った。

「こんにちは」

目の前に立っていたのは白石くんだった。ふにゃ、と笑いを零した彼に、否応なく胸がきゅんと反応する。

「……こんにちは」

なんだ。なんなんだ。色んな感情が入り交じって騒がしくなる心臓の音を感じながら、自然と彼を見上げる。

「すぐ終わるから、少しだけ付き合うてくれへんかな」

やはりふにゃりと笑う彼に、高鳴る私の鼓動。頷いて答えると、彼は行先を告げ、先に行って待っていると付け加えて出ていった。待ってる友人に伝えて、お弁当箱だけを置いて待ち合わせである屋上に続く階段へと向かう。この時期、暑すぎるという理由で屋上は閉鎖されており、誰も使う人はいない。徐々に減っていく人と反比例するように私の中で増えていくのは、ドキドキという鼓動音だ。
待ち合わせ場所には、先に向かった白石くんが着いていた。遠くから私が来たのを見ると、笑いかけてくれる。それだけでまた、大きく胸が高鳴った。

「せっかくの昼休みなのに堪忍な」
「ううん、大丈夫」

ちゃんと笑えているだろうかと不安になる。それくらいに私は緊張していた。そしてそんな私をしらないであろう彼が、後ろに回していた手を前に持ってくる。

「お誕生日、おめでとう」

──耳も目も疑った。しかしそれは、昨年と変わらぬもので。彼は手に持っていた小さな袋を差し出した。

「プレゼント、良ければ受け取ってくれへんかな」
「え……」

差し出された袋と、彼の顔とを交互に見る。そして思い出すのは、ロッカーに眠る、アレ。

「あ、私も!白石くんにプレゼントがあるの!」
「えっ?」

今思えばこの時の彼も昨年と同じ様な顔をしていたのだけど、そんな事には気付かぬまま。私は彼に待っていてと伝えて、プレゼントを受け取らずに教室へと走った。嘘、覚えててくれたんだ。それに、プレゼントまで。嬉しくて、まるで羽が生えたかのように足が軽い。そして目当てのものを持って、再び戻ってくる。半ば呆然と立っている彼の姿がそこにはあった。

「白石くん、これ、お誕生日おめでとう!」

……言えた。渡せた。驚いている彼へと、伝えたかった言葉と共にタオルを向ける。

「あれ、えっと」

困惑している彼に、実は誕生日の時に買っていたのに渡せなかった事を伝える。するとやっぱり驚いた表情をしたけれど、すぐに笑顔に変わった白石くんは「おおきに」と言って受け取ってくれた。

「あ、じゃあ俺からも」
「……ありがとう」

受け取ったそれは昨年のハンカチとは違う気がする。でも貰ったものは正直今はどうでも良く、彼がこうして私の誕生日を覚えていてくれた事と、彼に誕生日プレゼントを渡せた事が嬉しくて。頬が綻ぶのを止められない。

「……ずっと渡そうか悩んでてんけど、さっきたまたまハンカチ使てるの見てめっちゃ嬉しかってん」

全然話せへんくなったし、渡したら迷惑かと思ってんけど。照れ笑いを浮かべてそう言った彼に私も笑って見せる。それからすぐ、白石くんは小さく息を吐いた。

「それで、ここにわざわざ来てもらったのには訳があって……」
「うん?」

背筋を伸ばして私を見る彼の目が、私を射抜いた。心臓がそのまま掴まれたかのように、ぎゅうっと苦しくなる。そうして彼の手にあるラッピング袋が、ガサ、と音を立てた。

「ずっと好きでした。良ければ、俺と付き合うて下さい」


まだまだ暑いこの季節、三日後の体育で彼が持ってきたタオルは数ヶ月ぶりに見たもので。「夏の分も冬までいっぱい使うわ」と嬉しそうに見せてくれる白石くんが、昨日よりも一昨日よりも、もっと大好きです。

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