それは、大会へ誘おうと思った次の日の事だった。結局前日に言うのを忘れてしまい、朝来たら忘れる前に直ぐに言おうと思って自分の席で待っていた。

「はよー」

しかし彼女はなかなかやって来なかった。何人もの友人が入ってきて、俺は彼等に返事をしながら変わらず席で待つ。クラスが随分と騒がしくなってきた。友人の笑い声や他の人の話し声で溢れる教室に、佐野さんと彼女の友達だけがいなかった。彼女の机にはカバンは無く、しかし彼女の友達の机にはカバンがある。
……もしかしたら彼女は休みなのかもしれない。彼女の友達が別の友達の所へと行っていて、彼女は休みなのだろう。いつもは既に教室内で確認しているはずの彼女の姿が見えない事に対する、言い様のない焦燥感を感じているのが自分でもわかった。

そう思っても、それを確認する手段が俺には無かった。
佐野さんにとっての俺は、隣の席の少し話すだけの男子。友達だと思ってくれているのかさえまだ怪しい。連絡先を知るどころか、俺が声を掛けるのを止めればまた前の"ただの隣の席の人"にお互い戻ってしまうのだ。そして俺は俺で彼女を友人だと思っているのかと言えばそれも怪しく、ぼんやりとした、ふわふわと浮いている様な俺達の関係は、一体何と表現すればいいのだろうか。

携帯を見て、外を見て、隣を見て。休みだと思っても友人の所に向かう気にはなれず、そのまま忙しなくただ目を動かすだけ。ホームルームが始まる予鈴が鳴り響き、所々で固まっていたクラスメイト達が散り散りになって各々の席へと向かう。

ガラガラ、とドアが開く音がした。しかしそれは担任が入ってくるはずの前のドアでは無く、俺の席から横一直線の後ろのドアからだった。カバンを肩に掛けた佐野さんと、友達が続いて入ってくる。

……なんだ、休みじゃなかったんだ。彼女の姿を見て、内心少しホッとしている自分がいた。
彼女は無言で自分の席に着いた。筆入れやら何やらをカバンから出す彼女の顔は俺からは見えない。カバンを横に掛けたら俺も声を掛けよう。おはよう、遅かったな、珍しいじゃん。掛けようと思う事は既に頭の中で呟かれた。

ガラガラ、と再びドアが開く音がした。今度こそ前のドアから担任が入ってきた。彼女はまだ荷物を取り出している。まあ、ホームルーム終わってからでもいいや。起立、という日直の合図で俺は立ち上がった。

「おはよう」

ホームルームが終わり、友達の元へと向かおうと俺に背中を向けた彼女へと声を掛けた。それに対してビクリと激しく肩を揺らし、ゆっくりとこちらを振り返る。

「お、おはよう」

……違っていた。それは、昨日まで向けてくれていた、彼女の友達と俺だけに向けていた笑顔ではなかった。ぎこち無く笑っている彼女に一瞬にして胸の中がざわつく。思わず背筋がヒヤリとした。

「……」

何かあった?と、俺が声に出す事は無かった。けれどそれは、彼女が返事をしてから直ぐに友達の元へ向かったからでは無い。

少しずつ縮めたはずの距離だった。昨日までは笑ってくれていたはずなのに。でも笑っていたからこそわかってしまう。話し掛けて来ないで欲しい、と言葉は無くとも突き放されたのが。
確かに、ただ俺が仲良くなったと思っていただけだったのかもしれない。話し掛けているのも俺だけで、話していて楽しかったのも俺だけで。彼女の気持ちがどうだったのかはわからないから。俺が何かしてしまったのか、と考えても浮かんでくるのは彼女の笑顔で、尚更わからなくなる。

でも友人と呼べない距離にいる俺には、それを確かめる手段が無いというのも確かだった。他の人なら簡単に聞けるのに。何かあった?何かした?この一言が彼女へと発すると思うと、足踏みをしてしまう。それはやはり、俺にとって佐野さんが友人とは違うという事になって。

もしかしたら具合が悪いのかもしれない。明日になれば戻っているかも。席に帰ってきても一言も声を出さなくなった彼女の方は見ず、空を眺めながらそんな事を思う。今日は風が強いのだろう。風に流される雲は、見る間にその位置を変えていった。

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