今日も空は青い。それでも太陽に照らされたグラウンドは時折影に覆われたり、太陽が雲から顔を出せば再び照らされたりといつもよりも忙しない。

俺が教科書を忘れたのは一昨日の事で、そして次の6時間目の授業が終われば今週が終わる。ここまで来ればもはや今週も終わったも同然。いつもであれば羽を広げる様な気持ちで、早く終われ、という言葉だけが脳内を支配する時間だ。

しかし、今日は。大して中身も入っていない筆箱を開ければ、朝に入れたソフトキャンディの季節限定マンゴー味が顔を出した。……やばい。もう今日が終わってしまう。今週が、終わってしまう。
チラリと隣の席を見てもそこに彼女の姿はない。それは知っている。先程友達の所に向かう背中を見ていたから。

一昨日から、彼女とは一言だって会話はしていない。合わせ読みでも無い限り彼女が俺の方を向く事もなく、声を聞いたのも授業で回ってくる丸読みの時だけ。まともに顔を見たのも彼女が友達の所にいる時だけ。目が合う所の話ではない。チョコレートとソフトキャンディを交換したつい一昨日の現実が、まるで嘘のようだった。

予鈴が鳴り、今すぐに彼女が戻ってくるだろう。手元の筆箱に入っているソフトキャンディへと視線を落とす。ギギ、と隣からは椅子を引く音がした。

「あー、あのさ」

今しかなかった。今が終われば今日が終わる。今日が終われば今週が終わる。今週が終わってしまえば、つい一昨日の出来事すらも過去の事になってしまう様な気がしてしまって。
声を掛けようとして、でもその度に初日の『え、どうして』が蘇って掛けれなくなる、というのを一日中繰り返した。そうしていざ声を掛けようと思っても、どういうテンションで話し掛ければ良いのかわからなくなってしまったのだ。
どうすれば受け入れてくれるだろう。とりあえずタイミングを測ろうと考えて、そもそも俺は会話のタイミングなんて測った事なんか無かったのを知った。話したい時に話す。話したくない時は話さない。それで良かったのだ。

でも今日は、このソフトキャンディを買ってからずっと、俺は彼女と話したかった。それなのに声すら掛けられない。会話の糸口はここにあるのに、気持ちだってあるのに。このままではこのマンゴー味のソフトキャンディは全て俺の胃袋に収まってしまう。俺の胃袋はそれでもいいかもしれないけど、それではあまりにも虚しい。
そうしてズルズルと一日を過ごしてきて、結局、本日の自由時間が残り5分を切ったここに無理やり声を掛ける羽目になってしまったのだ。
そんな俺の気苦労なんて微塵も知らない彼女は、またあの驚いた表情をしていた。

「え…?」

大丈夫。この表情は予想の範疇だ。机の中から次の数学の教科書を出していた彼女はその手を止めていた。

「これ、なんか今日コンビニ寄ったら季節限定の新フレーバー出てたから買ってきたんだけど、食う?」

ほんの少しの嘘を混じらせながらも声に出してみれば、なんと短いのだろうか。この一言を言えずに一日を過ごした事が信じられない。
我ながら安直だとは思った。唯一、彼女との接点だったお菓子を使って話し掛けようなんて。けれどそれしか思い付かなかった。他に彼女が俺の目を見てくれる方法が見つからなかった。一昨日交換した商品の新フレーバーを見つけて、ラッキーだと即座に手に取ったのは今日の朝の話だ。

しかしこれを言えたからといって安堵の気持ちでは無かった。要らない、好きじゃないと断られるかもしれない。それを思って足踏みしていた所もあったから。

「え、あ……私に?」

更に驚きを深めて俺とソフトキャンディを交互に見る彼女へ、俺は頷いて見せる。……なんだこれ。すげえ緊張すんじゃん。何も言わなくていいから早く受けとってくれ、と気持ちが焦る。

「や、でも」

私、今日はお返し無いから、と困った様に彼女は顔を横に振った。

「……いや、そんなの別にいいし」

首を横に振られたのが思いの外、俺の中で意外性を感じているようだ。要らねえなら俺が食うけど、という他の友達に告げる言葉がすんなりと出てしまいそうになり、それを理性がぐっと堪える。
違う。これは俺が食いたくて買ったんじゃねえ。

「マンゴー嫌い?」
「そ、それは全然!好きです!」

大袈裟な程に首も手も振って答えてくれる彼女は、恐らく嘘はついていないだろう。

「んー、それじゃあ代わりに、佐野さんのオススメのお菓子をくれるとかは?」

今日無いなら俺は来週でいいし。そう付け足してから、口が勝手に言葉を紡いでしまった事にハッとするも時既に遅し。動いていた彼女の手も首も止まってしまっていた。やばい、これは距離感間違えた、絶対言い過ぎ……、

「それでもいいの?」

ごめん、と言おうとした俺の耳に滑り込んできた彼女の言葉は、思いもよらないものだった。

「……うん、俺はいいけど」

今度は俺がびっくりする番だった。返事をすると、彼女の手が俺の手からソフトキャンディを持っていく。

「それじゃ、せっかくだし貰うね。…ありがとう」

どこか擽ったいかの様に彼女は顔を綻ばせる。しかし前方のドアが開く音がして、それはすぐに見えなくなってしまった。

可愛い。素直にそう思った。でもこれは最初に思った、笑えば可愛いじゃん、とは違う。
笑った方がもっと可愛い。
だからもっと笑って欲しい。
やっぱり今日は早く終わってくれ。そして来週、早く来い。

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