シャンプーの段 「見てみてハチ!新しいシャンプー買っちゃった!」 「あー、そう」 委員会を終えた楓はその足で町へと遊びに出た。 部屋に帰ってきたのは門限ギリギリで、息を乱しながら部屋に戻り、今日買ってきたシャンプーを八左ヱ門に見せつける。 あまりそういったことに興味がない八左ヱ門は、一度楓を見て、すぐに虫カゴ作りの作業に戻った。 構ってもらえないのが気に食わない楓は八左ヱ門に近づき、シャンプーを突きつける。 「邪魔だっつーの!」 「だってハチが素っ気ないんだもん!」 「じゃあどんな反応すりゃあいいんだよ」 「そ、それは…」 「あとお前、今は男なんだろ?じゃあ女みたいにはしゃぐなよ」 「そうだけどさー…。あ、でもタカ丸さんだって「タカ丸さんは髪結い」 八左ヱ門のバッサリとした言葉に、楓は拗ねてしまった。 奥の自分のスペースに向かって、「ハチはつまんない」「だからボサボサ髪なんだ」などと文句を言い続ける。 だけど八左ヱ門が言っていることは正しい。 ここにいる間、楓は男でいなければならない。だから女のようにシャンプー一つできゃっきゃとはしゃいだりしたら、疑われてしまう。 それじゃなくとも普段から「女なのではないか」と疑われているのだから。 八左ヱ門が自分のことを思っての返答だったが、あんな言葉を言われてしまえば、軽くショックだ。 「いいもーん、兵助とか勘ちゃんに褒めてもらうから。お風呂行ってくる」 「はいはい」 慣れた様子で拗ねる楓を軽くあしらう八左ヱ門。 新しいシャンプーとトリートメントを持って、くノ一の女風呂へと向かった。 八左ヱ門もきりのいいところまで虫カゴを作り、寝間着と手拭いを持って隣の三郎と雷蔵の部屋へ向かった。 「雷蔵、三郎、風呂入りに行こうぜー」 「あ、楓帰ってきたんだ」 「おう、帰って来て風呂入りに行った」 「帰ってくるのが遅くてソワソワしてたのにさっそく痴話喧嘩か?」 「聞こえてたのか…」 「僕は聞こえなかったけど、三郎には聞こえてたみたい」 笑いながら雷蔵も準備をして、一緒にお風呂へと向かう。 いつもより少し早めの入浴時間だったため、色々な学年と被ってしまい、あまりゆっくり浸かることができなかった。 それでも十分あったまり、部屋に戻っていると、丁度部屋に戻ろうとしていた楓と遭遇した。 同時に気がつき、楓が三人に駆け寄ると、いつもとは違う匂いが三人の鼻をくすぐる。 「あれ?楓、シャンプー変えたの?」 「解る?そうなの、新しいシャンプー買ったの!」 「いい匂いだね、花の匂い?」 「うん!今女性に人気のシャンプーなんだって!」 「だとしたらまずくないか?女物のシャンプーを使ったらまた疑われるぞ」 「でもずっと欲しかったし…」 「うーん、でも三郎の言うとおりちょっとまずいかもね…」 「雷蔵…。……そ、そうだよね…ごめん」 八左ヱ門に怒られたが、二人にも怒られるとは思ってなかった。 しゅんと落ち込む楓を見て、八左ヱ門が持っていた手拭いを頭にかけ、ゴシゴシと力をこめて拭いてあげた。 「い、痛いよハチ!」 「でも買っちまったんだろ!じゃあ最後まで使えよ、勿体ねぇ。あと髪の毛はちゃんと拭け!」 「う、うん…。ごめん」 「もし何か言われたら、いつも見たいに僕たちと一緒お風呂入ってるって言えば大丈夫だろうね」 「だな。まぁ疑うって言っても、他の五年生たちは楓がこういう奴だって知ってるしな」 三年のころから、楓は女だと疑い始められた。 そのたびに、女だと言うことを知っている八左ヱ門や雷蔵たちがフォローしてくれていた。 同室の八左ヱ門が「あいつは男だよ。見たことある」と言えば、信用する。 他の生徒と一緒にお風呂に入ったことないと言われれば、雷蔵や三郎たちが「僕たちは一緒に入ったことある」と言ってくれる。 そうして五年までやってきた。 他の生徒たちも楓は女顔で、女みたいな性格なのだと思うようになり、疑うのを止めた。 「でも気をつけろよ。油断は禁物だ」 「何かあったらすぐ僕たちに頼ってね」 「うん!ありがとう、三郎、雷蔵!」 「じゃあ僕たちは部屋に戻るよ。おやすみ、二人とも」 「八左ヱ門、今日の授業のように恥をかきたくないなら、しっかり予習しとけよ」 「うるせぇ、解ってるよ!」 先に雷蔵と三郎が部屋に戻り、楓と八左ヱ門も自室へと向かう。 さっきまで普通に喋っていたのに、二人になってしまうと楓は喋るのを躊躇ってしまった。 お風呂前のことを謝りたいみたいで、そわそわとしている。 「ご、ごめんねハチ」 「欲しかったんだろ。別にいいって。疑われたらタカ丸さんから貰ったとかなんとか言やぁ納得してもらるだろ」 「それでもごめん。いっつもこういうことで迷惑かけてる…」 「今更だろ、そんなこと。気にするなって!な?」 「ハチッ…!」 大らかな八左ヱ門の性格に、楓が目を潤ませ抱きつくと、いつもとは違う匂いが届く。 甘ったるくない匂いについつい抱き締め返そうとなり、慌てて楓から離れた。 「だから!男が男に抱きつくなっつーの!」 「ごめんごめん。気をつけるよ!」 「お前いっつもそれじゃん…」 「ほんとにごめんって。あ、予習手伝ってあげるからそれで許してよ。ね?」 「よし、それなら許そう」 一緒に部屋へ帰り、予習を手伝ってもらうのだが、シャンプーの匂いが邪魔をしてなかなか集中することができず、翌日も授業でいい結果を残すことができなかった。 ( TOPへ △ | ▽ ) |