寒い夜の段 今日の夜は一段と冷え込む。 入口側に八左ヱ門が寝ており、ついたてを挟んだ奥に楓が寝ているので、八左ヱ門に比べたら比較てき温かいはずなのだが、冷たい風が隙間から入ってくる。 頭まで布団をかけて無理やり寝付こうとする楓だったが、あまりの寒さにとうとう限界を迎えた。 「ハチー…」 布団に潜ったままついたてから顔を出して八左ヱ門を呼ぶ。 しかし八左ヱ門は大口を開けたまま爆睡している。 腕を布団から出して今にも跳ねのけそうな八左ヱ門に、「寒そう…」と呟く。 ぐっすりと気持ち良さそうに寝ている八左ヱ門を見て、楓は諦めて元の位置に戻る。 「んー…あー……寒いー…!やっぱダメ!」 八左ヱ門には悪いが、寒すぎて寝付くことができない。 ついたてを移動させ、自分の布団を八左ヱ門に近づける。 八左ヱ門のほうへ近づくと、やはり空気が冷たかった。 「こんな寒いのによく寝れるね…」 新陳代謝がいいのか、彼はいつだって身体が温かい。だから一緒に寝ればきっと暖かいはず! そう思って布団をピッタリと寄せて、潜り込む。 あれだけの間でも布団は冷たくなっており、寒そうに目をギュッと瞑る。 時間が過ぎればそれもなくなり、隣の八左ヱ門からポカポカとした体温が伝わってきた。 「うへへ、やっぱハチは温かいのだぁ!」 兵助の口癖を真似して、笑顔になる。 顔を出して寝ている八左ヱ門を見て、ちょっと近づく。 少し近づいただけでさらに温かくなる。 出入り口が近いというのに、寒くない。 「おやすみー」 温かさを求め、とうとう楓は八左ヱ門の布団に潜り込む。 八左ヱ門の布団に自分の布団をかければもっと温かくなり、楓は満足そうに笑って目を閉じる。 寝付くのに時間がかかることなく、すぐに意識を手放したと同時に、今度は八左ヱ門が目を覚ました。 いつもに比べて温かくなったのと、違和感を覚えた。 「んー?」 寝ぼけ眼で周囲を見ると、胸のところに楓が小さくなって寝ているのが目に入った。 「おほー?なんだ、寝ぼけてんのかこいつ…」 しょうがねぇなぁと思いつつ、眠気で瞼を再び閉じたのだが、すぐにカッ!と見開いて起き上がり、楓の頭を強く叩いた。 「むー…痛いよハチー…」 「おまっ、何でこっち来てんだよ!」 「ハチー、ふんどし見えてるよー…」 「ばっ、み、見んなよ!」 叩いたあと、楓から勢いよく離れて壁に張り付く。 叩かれた楓は目をこすりながらゆっくり起き上がり、布団を抱き締めて「眠いー」と文句をたれる。 八左ヱ門は真っ赤になったまま怒っているが、半分寝ている楓は全く聞いていない。 「だって寒かったんだもん…。だからハチと寝れば温かいかなーって…」 「ふざけんな!一緒に寝れるかよ!」 「いいじゃん、温かくなるし気持ちいいよ?」 「き、気持ちいい!?」 「人肌って安心するんだよー」 ふにゃんと無防備に笑う楓だが、八左ヱ門は別のことを考えていた。 いくら友達とは言え、楓は女だ。しかも自分は思春期真っただ中。視線は楓の乱れた胸元や、足にいってしまう。 普段楓はサラシを巻いているが、部屋にいるときは巻かない。だからついたてから向こうには行こうとしないし、見ようとしない。 自分の理性を保つため、楓を襲わないためにしていたのに、彼女は簡単にそれを壊してしまう。 「うう、寒くなってきた…。ほら、ハチ、寝ようよ」 「断る!お前と寝れるかッ!」 楓が無防備で、自分に懐いているのは解っているが、ここまでくると「男として見られてないんじゃないか」と自信喪失してしまう。 「な、何でそんな冷たいこと言うの…?寝るぐらいいいじゃん。寝相だっていいよ!?」 「そうじゃなくてだな…。お前さ、もうちょっと警戒しろよ…」 気づいてほしいような、気づいてほしくないような…。 最後につれ小さくなる言葉だったが、楓には聞こえたようだった。 「だってハチだもん。安心して寝れるよー!」 屈託ない笑顔を八左ヱ門に向けた楓。 彼女は今までの経験上、八左ヱ門が自分を襲うわけないと信じていた。 友達としては嬉しい発言だが、男としては嬉しくない。 どうしたものかと悩んでいる間に楓が近づいて、腕を取る。 楓に触れられた瞬間、ビクンと過剰に反応してしまったが、楓は気にしていない。 「ね、一緒に寝よ?」 「っ…!ああ、もう!今日だけだからな!」 「わーい、ありがとう!」 おねだりをされてしまえば、人のいい八左ヱ門は断ることができない。 真っ赤な顔のまま楓と布団に戻って、一緒に寝転ぶ。 意識しないよう、触れないよう楓に背中を向けて寝ようとする八左ヱ門だったが、楓が文句を言いながら背中を強く叩いてきたので、諦めて向い合って寝ることになった。 「温かいねー!」 「(別の意味で熱い…)」 「今日も疲れたね。でもそれ以上に楽しかったな!」 「あー、そうだな。いいから早く寝てくれ…」 「あ、ごめん」 申し訳なさそうに笑うと、八左ヱ門は苦笑しながら頭を撫でてくれた。 嬉しくなって八左ヱ門に擦り寄ると、「近寄んな!」と怒られてしまい、シュンとしょげてしまう。 だけどそのまま寝息を立て始め、安堵の息を吐いた。 楓から離れようと動いた八左ヱ門だったが、服を握られているため動くことができず、思わず「おほー…」と冷や汗を垂らした。 「も、もしかして朝まで…?」 それだけは止めてほしい。 このままの状態だと自分が寝れない。そして何より少しでも自分から触ってしまうと理性が崩壊してしまう。 八左ヱ門の葛藤とは反対に、楓は安らかに眠っている。 「この野郎…!マジで襲うぞコラ」 寝間着を掴んでいた腕を取り、仰向けにして押し倒す。 上半身だけのしかかると、楓が苦しそうに唸ってゆっくり目を開ける。 本音じゃないにしろ、本当に押し倒してしまった八左ヱ門は固まってしまった。 だけどこのまま襲ってしまえば、少しは警戒するようになるだろうと、掴んでいた手首に力を込める。 「へへー…、ハチだー…。嬉しいねぇ、ハチがいると楽しいねぇ…」 寝ぼけているので意味の解らないことを呟く楓。 「〜〜っだあもう!」 むにゃむにゃと喋り、コテンと再び眠り始める楓を見て、八左ヱ門は声を荒げる。楓は起きる様子がない。 手首を自分に寄せ、楓を抱き締めてから布団をかける。 何かが吹っ切れたようで、胸が当たろうと楓が擦り寄ってこようと何をすることなく、八左ヱ門も無理やり眠りについた。 ( TOPへ △ | ▽ ) |