夢/とあるわんこの恋模様 | ナノ

犬遊びの段


「つ、疲れた…!」
「それぐらいで疲れるなんてまだまだだな!」
「うー…、それぐらい解ってるよ…」


毎回「朝だから軽くしよう」と思う楓なのだが、一緒に朝練をしている八左ヱ門は容赦がない。
楓の体力限界まで組手やランニング、筋トレなどを毎回ヘトヘトになるまで続ける。
楓は一日の体力を使ったように力なく歩くが、八左ヱ門は腕をまくって余裕な笑みを浮かべている。
昔はなんとも思わなかったが、四年、五年となると男と女の体力差を直に感じてしまい、悔しい半面少し悲しい。
そんな楓の心中を知ってか知らずか、八左ヱ門は明るい笑顔で「よく頑張ったな!」と褒めてくれるのだから、嬉しくて仕方ない。
暗かった胸もすぐに明るくなり、楓も笑って井戸へと向かう。


「あ、雷蔵、三郎おはよう!」
「おはよう、楓と八左ヱ門」
「おはよう。また朝練か?体力バカの八左ヱ門によく付き合えるな」


井戸には同じ顔をした二人が顔を洗っていた。
軽く挨拶をして駆け寄っていくと、雷蔵は優しい笑顔で挨拶をしてくれた。
楓も緩んだ笑顔を向けて、雷蔵の横で顔を洗って歯を磨き始める。
昨日変な夢を見たとかなんとか雷蔵と他愛もない会話をしている横で、八左ヱ門が三郎につっかかっていた。


「体力バカってなんだよ!」
「だってそうだろう?朝からあんなに走れるか」
「これぐらい走らねぇと鍛錬になんねーだろ」
「え、お前あれだけ走ったのにまだ走れるのか?」
「おうよ!」
「楓、八左ヱ門がお前がいると十分な朝練できねぇから邪魔だって」
「猫だと思ったらお団子だったの―――って…え?な、なに?三郎、今なんて言った?」
「だからな、「あああああもう黙ってろよ、三郎!楓をからかうな!」


楽しく会話していた楓だったが、三郎の言葉に表情を暗くさせる。
雷蔵は苦笑して「三郎」と名前を呼んで止めようとしたが、三郎はニヤニヤと笑って楓に近づく。
八左ヱ門が止める前に楓の耳元で先ほどのことを話すと、楓の表情はさらに暗くなった。


「ごめんね、ハチ!私が体力ないから…。でも頑張るよ!頑張るから見捨てないでッ」
「だーもう!三郎!」
「さ、雷蔵。私たちもそろそろ着替えるか」
「もー、三郎…。あまり二人をからかうなよ…」
「二人の反応が面白いからついな」


タオルを持って雷蔵の手を取り、さっさとその場から離れる。
今にも泣きだしそうな楓は何度も何度も八左ヱ門に謝り続け、八左ヱ門は「そんなことない!」と弁解をして楓を宥めようとする。
体力にどんどん差がついていっていることは気づいている。気づいているからこそ、その事実を言われると悲しくなってしまう。


「明日からちゃんと起きるから!もうハチに迷惑かけないからー!」
「わ、解ったから落ちつけって!あと、別に迷惑だなんて思ってねぇよ!」
「ハチに嫌われたら生きていけないよぉ!」
「三郎お前覚えてろよ!」
「おっはよー、八左ヱ門、楓!」
「……何で泣いてるのだ?」


わーんと五年にもなって子供のように泣き続ける楓をあやそうとするも、楓は泣きやまない。
困っている八左ヱ門の元に、今度はい組の二人がやってきた。
朝早いというのに勘右衛門は普段と変わらない明るい様子で、兵助はいつもより表情が暗い。


「どうしたの、楓。はっちゃんに怒られた?」
「助かった勘右衛門!楓を泣きやましてくれ!」
「八左ヱ門、楓を泣かすのはよくないぞ。褒めて伸ばすのがお前の躾方法だろう?」
「泣かせたの俺じゃねぇし!つーか楓を犬に例えるな!」


いつも無表情で、あまり感情を顔に出さない兵助が、冷やかな目を八左ヱ門に向ける。
その横で勘右衛門が持ってきたタオルで楓の顔を拭いてあげると、鼻水を垂らしながら勘右衛門に顔を向ける。


「勘ちゃん、勘ちゃんっ…!私、ハチに嫌われたっ…。学園辞めないといけない…!」
「え、そうなの?うーん、それは困るな」
「…困る?」
「だって俺、楓のこと好きだもん。一緒にいたいし、一緒に卒業したい。楓は俺のこと嫌い?」
「っううん、大好き!兵助も三郎も、雷蔵も大好き!」
「はっちゃんだけに嫌われたって俺らがいるじゃん!大好きな俺らのためにも残ってよ」
「……そっか…、そっかぁ!」
「そうそう!じゃあ、ほら顔洗って。洗ったらご飯食べに行こう!今日の朝ご飯は何だろうねー」
「昨日おばちゃんが、アサリの味噌汁だって言ってた!」
「俺アサリ大好き!」


ポジティブ思考の持ち主、勘右衛門の説得に楓は単純に泣きやんだ。
キャッキャと女子高生のような二人を見て、脱力するよう八左ヱ門は頭を垂れた。


「単純でいいんだが、悪いんだか…」
「八左ヱ門、飼い主は大変だな」
「だからそれ止めろよ…。飼い主じゃねぇし」


精神的に疲れた八左ヱ門を、顔を洗った兵助が「どんまい」とでも言うように八左ヱ門の肩を叩いてくれたのだった。


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