夢/とあるわんこの恋模様 | ナノ

朝の日課の段


「おらー、楓起きろー」
「んー…やーだー…」


ついたての向こうで眠っている同室の楓に声をかけると、いつもと同じような返事が返ってきた。
五年生となれば朝早く起きて、自主練に励んだりする者もいる。
八左ヱ門もその一人で、いつもと同じような時間に自然と目が覚め、簡単に身支度を整える。


「起こせって言ったのお前だろ」
「だって…眠い…」
「じゃあ知らねぇ」
「うー…解った、起きる。起きるから待って…」


朝に弱い楓を起こすのは面倒くさい。だけど「朝起こして」と寝る前に言われてしまえば、面倒見のいい八左ヱ門は楓が起きるまで声をかけ続けてくれる。
そのことを三郎に言うと、「お前は本当楓に甘いよな」と鼻で笑われてしまうが、自分では甘いだなんて思っていない。
だって声をかけるといつもぐずって起きようとしないから、最後は素っ気ない態度を取る。冷たい態度をとっているのだから、甘くはない。
布団を畳んでしまい、寝起きで固まっている身体をほぐしながら、自分も目をしっかり覚ます。
楓を起こすのはそのついでだ。


「ハチー、私の制服がない…」
「ほら、ここにあるから」
「ありがとう!」


遠くのほうに投げられていた楓の制服を取って、ついたてにかけてあげる。
「ぽいぽい投げるな」と文句を言ってやろうかと思ったが、楓の明るい声に開きかけた口を閉じた。
昔からそうだ。楓は素直で明るく、自分に犬のように懐いている。
そんな楓を見てしまうと、「しょうがねぇなぁ」と自分から身を引いてしまう。


「楓、着替えたか?」
「うん!」


ストレッチをしながら聞くと、ついたてからようやく顔を出した。
楓は忍たまと言えど、女だ。両親の都合か何かでくノ一教室ではなく、忍たまへ入学して、女だとバレないよう男装し、五年間頑張ってきた。
一年生、二年生のときはなんとも思っていなかったが、思春期が近くなった三年のころから部屋をついたてで分けた。
入口手前が八左ヱ門の部屋で、ついたてを挟んだ奥が楓の部屋となる。
楓が他の生徒に女だとバレないため、八左ヱ門が気を使って奥を使わせてくれている。
楓がついたてから顔を出さない限り、八左ヱ門から顔を出したり、入ったりしない。
そういう八左ヱ門の優しいところを知っているから、楓は八左ヱ門に甘えているのだった。


「朝練付き合ってくれるのはいいんだけどよ、眠いなら寝てろよ」
「やだ、一緒にしたい。それに朝起きてハチがいなかったら誰が髪の毛結ってくれるの?」
「自分で結えよ、それぐらい!」
「ハチ、結ってー!」
「大体俺に言うのが間違ってんだよ!」
「じゃあ先に八左ヱ門の髪の毛結ってあげるー!」


楽しそうに櫛を持って八左ヱ門の腕を取り、その場に座らせる。
後ろに回って八左ヱ門のボサボサ髪に指を絡ませた。


「んー、八左ヱ門は相変わらず髪の毛ボサボサだねぇ」
「いでででで!おまっ、やるならもっと丁寧にしろよ!」
「まだ手櫛なんだけど…。もう、世話が焼けるなー」
「それはこっちの台詞だっつーの…」


櫛でとくのは諦め、手で八左ヱ門の髪の毛をいじる。
八左ヱ門は文句を言うものの、大人しく座って楓に髪の毛を触らせる。
無理やりとかれると痛いが、触られている間は気持ちがよく、覚めたはずの目が次第に重くなってきた。


「はい、できたよ」
「おー、ありがとな」
「じゃあ今度は私ね!ちゃんと綺麗に結って下さい」
「はいはい。ジッとしてろよ。あと寝るな」
「寝たら起こして」
「このやろう…」


八左ヱ門の髪の毛を結った楓が、紐を八左ヱ門に渡して背中を向ける。
寝起きでボサボサになっているのを、櫛を何回か通して整えるとすぐに綺麗になる。
男と女で違うのか、それとも自分の髪の毛かボサボサすぎるのか、毎回考えてしまう。


「ハチー、気持ちいー」
「そうか」


後ろを向いているものの、楓が笑っているのがすぐに解って、八左ヱ門も笑顔になる。
何気ないこんな日常に幸せを感じてしまうのは、自分たちがあと二年もすれば闇の道をいく忍たまだからか、それとも楓だからか。
答えが出ないまま、楓の髪の毛を綺麗に結ってあげた。


「うん、完璧!また腕あげたんじゃない?」
「何年もしてりゃあうまくなるっつーの。ほら、行くぞ」
「今日は何する?とりあえずランニングして身体温めようか」
「だな。遅れんなよ」
「……が、頑張る!」


苦笑する楓の頭をぽんぽんと優しく叩き、今日も一人前の忍たまとなるべく、鍛錬に励むのだった。


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