一線越えちゃいましょの段 大事な人と恋人同士になれました。 とは言っても今は学生だし、自分は男装してるからそういう空気を出したらいけない。 解っていてもニヤけてしまう顔を無理やり引き締めて、パチンと気合いをいれて叩いた。 「楓、何してんだ?」 「なんでもないよ!」 朝の準備が終わり、ハチと一緒に食堂へと向かう。たったそれだけで今さっき引き締めた顔は簡単にゆるんでしまった。 「お前なぁ…」 「ごめんー!」 ニヤニヤ歩いていると私にしか聞こえない声で怒られてしまった。 ちらりと見上げると、顔も少しだけ怒ってる。怒ってる?困ってる?そんな微妙な表情。 だけどそれすらも格好いいと思ってしまう。ああ、もう…。ちゃんと忍びにならないと!恋する乙女になっちゃダメ!それは卒業してから!油断してたら怪我しちゃうし、気を付けろ私ー! それにハチは、ちゃんと私たちの関係をバレないようにしてるのに、私がこんなんだとその努力が無駄になっちゃう。 ハチに迷惑はかけたくない。バレて学園から出て行くのだって嫌だ。 「でもね、だからってあからさまに私から離れるのってどうなの!?」 恋人同士になる前のほうがもっと一緒にいた! 今日も充実した一日が過ぎ、お風呂も入って布団の上。 しきりの向こうには今日出された課題を黙々と解いてるハチ。私は委員会が始まる前に終わらせたから手伝ってあげようとしたのに拒まれた。 顔を出して文句を言うと一度だけ私を見て、視線を下へと戻した。 それだけじゃない。変に距離をとられるようになった。前やってくれくれてたことはしてくれなくなった。目もなかなか合わない。それどころか会話も少ない! 恋する乙女になっちゃダメだよ?でもね、これはちょっと酷いんじゃないかな! 恋人同士じゃなくても私はハチのこと好きなのに! 「ハーチィ!」 「こっち来るなって言ってんだろ」 「だってハチが私の話無視するもん」 「だって意味わかんねぇもん」 しきりを避けてハチに近づくと、手のひらを見せられた。 まるで飼い主が愛犬に「マテ」をするかの状態。私は犬じゃなくて恋人なのに! でも身体がきちんと布団に乗る前に止まっていた。嫌われたくないもん…。 「ハチ、なんだか冷たくなった…。私のこと嫌いなの?」 「嫌いじゃねぇよ。………その…」 「なに」 「いや、何でもない」 「ちゃんと最後まで言ってよ!」 やっぱりチラリと私を見る程度で、きちんと見てくれない。 私はハチに触れたいよ。ハチの笑った顔が見たいよ。頭も撫でてほしい。触れたい。触ってほしい。 「おい楓!頼むから近づくなって!前から言ってるだろ!」 「私、ハチが好きだよ。恋人同士になれて、すっごくすっごく嬉しいの。我慢しないといけないってのは解ってる。だけど、こうやって触れることも許されないの?」 我慢できなくてハチの大きくてあったかい手を両手で握って、自分の頬にあてる。 たったこれだけでいいの。これだけのことで私は幸せになれるんだよ。 逢引してくれなんて言わない。女の子扱いをしてほしいわけでもない。恋人として扱ってくれなくていい。 「距離が遠くなるのだけは我慢できない」 好きだもん。恋愛感情なくても、ハチの人柄が一年のころからずっと好きだもん。 だから目を見てほしい。笑ってほしい。触れてほしい。叩かれたって嬉しいよ。バカだなって言われても嬉しい。 思わず感情が高ぶってしまい、涙で視界が揺らいだけど、こぼれる前に私の頬にあてていたハチの指が拭ってくれたからこぼれることはなかった。 。 「…泣くなよ」 「距離が離れるなら前に戻ってもいい。それでも私は幸せだよ」 「ごめん、そうじゃない。…そうじゃねぇんだ」 身体も目も、きちんと私に向けて、申し訳ない声で私に謝る。 ようやく見てくれた。真正面からハチを見るなんて何だか久しぶりだ。 昼間に見た怒っているような困っているような表情で私を見たあと、視線を反らして手も離した。 涙を拭ってくれた手はハチ自身の膝の上に置いて、キュッと強く握っている。 その手を見ていると、フッ…と力が緩んだの解った。瞬間、両肩を掴まれ、ハチの布団に押し倒されてしまった。 「お前に触れると俺、どうにかなりそうで怖かったんだ。一度でも触ったら我慢できなくて、楓のこと……」 「………」 私を押し倒しているハチはハチなんだけど、ハチじゃなくて…。 男の子だということは解ってる。日々それを感じているから、嫌でも思い知らされる。 でも、今目の前にいるハチは少し違った。 気まずそうなんだけど、「逃がさない」と言うように、私の手首を強く掴んでいる。 恋人同士になったら、そういうことも考える、ってことだよね。 「…か、考えてなかったわけじゃないよ」 「俺はずっと考えてた」 「…。ハチ、痛い」 「ずっとずっと考えてた。俺のものになったら手を出していいんだと思ったら、お前を見ることも触れることもできなくなった」 「うん」 「でも触りたくて…」 ハチの苦しそうな表情に私が泣きそうになった。 私を思って我慢してくれてたんだ。でも気持ちは私と一緒だったんだ。 ごめんね、でも嬉しいって笑ってしまう私はかなり悪い子だと思う。 「ハチ、ごめんね、ありがとう」 「…」 「私はハチになら何されても平気だよ。好きだもん」 「っもういいから、喋らないでくれ」 「口吸いもしてくれないの?」 「おいっ」 「ハチは押しが弱いからね」 はしたいない子だと言われてもいいよ。私はハチと口吸いしたい。 心臓の音はうるさいし、身体も震えてるけど、ハチなら大丈夫。怖くない。 何するにも優しくしてくれる。信じてる。 その気持ちをこめて、ゆっくり目を閉じた。 当たり前だけど真っ暗で何も見えない。ハチがどんな顔をしているか解らない。 見えない代わりに聴覚が敏感になってハチの動きを探る。 布がこすれる音が聞こえた瞬間、身体が過剰に反応してしまって、多分ハチの動きが止まった。 「ハチ」 「…」 「女の子がこんなに迫ってるのにしてくれないんだ」 馬鹿にした笑いでも、楽しくて笑っているわけもない笑いがこぼれた。 少し間があったあと、生暖かいものが唇に触れて声が思わず口を堅く閉じてしまった。 すると手首を掴んでいたハチの手が強く締まり、今度は最初より強引に口を吸われる。 恐る恐る口をほんのり開くとすぐに奪われ、身体が震えあがった。 腰がくすぐったい。だけど気持ちよくて眠たくなる。 だけど一線を越えることができた。凄く嬉しくてまた笑い目を開けようとすると、片手で目を塞がれてしまった。 「はち?」 「ごめん楓。今の顔を見られたくない」 「何で?」 「俺、すっげぇ悪い顔してるから」 「…悪い顔?」 「だって今からお前を穢すんだもん」 ( TOPへ △ | × ) |