娘きちゃいましたの段 !注意! 名前固定の子供が出てきますので、苦手な方はご注意ください。 「とと様!」 「え?」 「え?」 今日はハチと一緒に五年長屋の中庭で組み手をしていた。 私はあんまり実技が得意じゃないから、実技が得意なハチに相手をしてもらって、どこが悪いのか、どこがいいのかを身体を動かしながら教えてもらっていた。 他の皆はそれぞれの用事があって、まだ帰って来ていない。 久しぶりに二人っきりだから、ちょっと甘えてみたいなー。という考えは一切なく、今は真面目に鍛錬に励んでいる。 だって、夜になったら甘えられるもん! 汗を流しながら乱れた息を整えていると、少し離れた位置から一年生より幼い声が聞こえた。 聞こえた場所を見ると、小さな子供…、んー、六歳ぐらいかなぁ…。それぐらいの女の子がいて、私たちに向かって走って来た。 「とと様!」 その子はそう言いながらハチに元気よく飛びつき、ハチは訳が解らないと言った顔できちんと受け止めた。 私だったらきっとふらついてる。 足腰鍛えてるなー。とか、羨ましいなー。とか思ったけど、それ以上に気になる発言があった。 「……ハチの子供…?」 「ち、ちげぇぞ楓!俺の子じゃない!」 そんな…、まさかハチには他に好きな人がいて、もう子供まで作ってたなんて…! じわっと目に涙が浮かんで、ハチの表情が見れなかったけど、今は見たくない! 逃げ出そうとする私の腕をハチが掴んで、「違うからな!」と一生懸命訴えるが、逆に怪しくてさらに涙が浮かんだ。 「かか様も!」 「……え?わ、私…?」 ハチに抱きついたまま、女の子も私の服をギュッと掴んで離さない。 私……子供産んだ覚えないんだけどな…。 鼻をすすりながらハチを見ると、ハチはさらに訳が解らないと言った表情を浮かべて、女の子を自分から引き離して視線を合わせるようしゃがんだ。 「あ、あのよ…。その、俺がお前の親父……なのか?」 「うん!とと様、なんだか背がちいさくなった?いつもはでっかいのに!かか様はかわらないけど…」 「いや……。わ、悪いけど俺、子供産ませた覚えねぇぞ?」 「えッ!?と、とと様…わたしのこときらいなの…?」 そう言って、女の子は顔をくしゃくしゃにして泣きだした。 慌てるハチは「どうしよう!」と私を見てきたので、とりあえず私が預かることにした。 とは言っても、私もどう扱っていいやら…。 頭を撫でて、「泣かないで」と言って抱き締めてあげると、抱き締め返してくれた。 そのまま抱っこすると、少しずつ落ち着いていき、私の首に腕を回したまま寝始める。 「と……とりあえず部屋連れて行こうぜ」 「うん…、そうだね」 誰にも気づかれないように自室へと連れて行き、ハチが敷いてくれた布団の上に寝かせる。 頬を濡らしたまま寝ている女の子はなんとなく、ハチに似ていた。 「こいつ、お前に似てるな」 「え?ハチに似てるよ?」 「いや、雰囲気とか。笑った顔とか、無邪気な感じとか…」 「そうかなぁ…」 「まぁいいや。それよりこれどういうことだよ…」 色々考えたけど、この子が誰なのか、どうして私たちのことをそう呼ぶのか全く解らなかった。 「んっ…」 「あ、起きた」 「もう泣くなよ…!」 「かかさま…」 「うーん、私は君のお母さんじゃないよ?」 「……ふえ…!なんで…、なんでそんなこと言うのぉ…!」 「わわっ、泣かないで!ごめんね!私は君のお母さんだよ!」 「おい楓!」 「だって…」 「かか様!」 だってまた泣かれたら困るもん…。それに可哀想だし…。 「ところで、自分の名前ちゃんと言える?」 「うん!竹谷菊!」 「「竹谷!?」 「え…、わたしまちがえてないよ!?竹谷菊だもん!とと様ははちざえもんで、かか様は楓だもん!」 「「えッ!?」 二度に渡って驚き、私とハチは顔を見合わせた。 い、今のどういうこと!?嘘をついてるようには見えないし、嘘をつく意味もないわけだし…。 ハチを見たまま、色々と考えていると、とある考えが浮かんだ。ありえないことだし、ありうることじゃない。でも……。 「私たちの…子供……?」 「俺も今そう思った…」 驚きを通り越して、半分笑っているハチは、泣きそうになっていた女の子、お菊ちゃんの頭を撫でてあげた。 するとお菊ちゃんはすぐに笑顔になって、犬のようにハチに近づき、甘えはじめる。 自分の子供となると可愛い行動だ。ちょ、ちょっとヤキモチ妬いちゃうけど…。 「もしだ。もし仮にこの子が俺らの子であったとしよう。何で?」 「わ、私に言われても……」 「とと様!わたしね、今日はアイコといっしょに、くんれんしてたんだよ!」 「アイコ?」 「アイコだよー!山犬のアイコ!もう、とと様がつけたんでしょ?」 「おお…そ、そうか…」 「そしたらね、風がぴゅーって吹いてね、なんか葉っぱとかが身体に引っ付いてきたの!」 「……おう?」 「そしたら見たことのない場所にいて、わたしおどろいたの!」 「そ、そうか…。そりゃあ……あれだ、大変だったな。…大変だよな?」 「うん…、多分…」 よ、よく解らないけど、来ちゃったものは仕方ない…。 ハチは変わらずお菊ちゃんの頭を撫でながら現在の状況を受け止めた。 凄いなー…、そんな簡単に受け止められないよ…。 確かにハチに似てるなって思うけど、何で未来の子供がここに?こんなの絶対にありえないよ! 「とと様はね、おっきくて、かっこよくて、わたしのじまんのとと様なの!」 「そうかそうか。俺、そんなにでっかくなってんのか!」 「うんっ。帰ってきたらぜったいに、肩ぐるましてくれるのが好きなの!」 「なんだなんだ?お菊ちゃんは肩ぐるまされるのが好きなのか?」 「うん、好き!でも、とと様が一番好き!」 眩しい笑顔を間近で見たハチは手を震わせながら、顔を背けた。 きっと可愛くて可愛くてたまらないんだと思う。自分の子供だと思うと尚更。 ………。 「楓?」 「…」 確かに可愛いよ。可愛いさ。 でも、だからって私を除け者にしなくてもいいじゃん…。 ハチの横に座って、ピッタリくっつくと、ハチは「どうした?」と声をかけてきた。 もう、鈍感さんだなぁ! 「私も頭撫でてほしい…」 だ、だってお菊ちゃんばっかだもん…! それに、子供であろうとハチは私のハチだもん。夫婦になれたのも、子供に恵まれたのは嬉しいけど、いつまでもハチは私のハチでいてほしい! ……大人になった私はちゃんと母親をやってるんだろうか…。 「っ当たり前だろ!」 「わわっ!」 ぐしゃ!といつも頭を撫でてくれるときより、少し強い力で撫でてくれた。 髪の毛がぐしゃぐしゃになったから、ハチの表情がよく見えなかったけど、少しだけ顔が赤くなってて、私も自然と笑みがこぼれた。 「かか様はいっつもとと様をどくせんするー!わたしもとと様になでなでしてもらいたいっ」 「で、でもハチは私のだよ?お菊ちゃんばっかりずるいよ…」 「かか様だってずるい!」 「ずっずるくない!ハチは私の!」 「わたしの!」 「うー…!ハチっ!……ハチ…?」 負けじと言い返してくるお菊ちゃんの目は強い意志を宿していた。 まるで、実習中のハチの目…。 その強い目にこっちがたじろいでしまい、助けを求めようとハチを見上げると、だらしなくヘラヘラと笑っていて驚いた。 「あー…もー……。俺、今めちゃくちゃ幸せだわ」 私とお菊ちゃんをギュッと抱き締めたあと、「二人とも大好きだ!」って言ってくれた。 ハチにそんなこと言われると、どんなときであっても嬉しくなる。 だから、「うん!」って答えると、お菊ちゃんも私と同じように返事をしていた。 そうか…、私と性格が似てるからちょっと嫌だったんだ…。 「どうなってお菊ちゃんがここに来たかは解んねぇけど、とりあえず面倒見ようぜ」 「み、見るけど…」 「とと様!今日もとと様といっしょにねていい!?」 「ずるい!ハチ、私も一緒に寝る!」 「アッハハハハ!やっぱ楓によく似てるな!」 ハチは喜んでくれるけど、やっぱりやだ! ( TOPへ △ | ▽ ) |