自分の気持ちとの段 「……」 「…」 五年ろ組の名物わんこ組は珍しく静かに朝食をとっていた。 いつもは八左ヱ門が甲斐甲斐しく楓の面倒を見ているのだが、今日は一言も話すことなく食事を続けている。 途中からやって来た勘右衛門、兵助の二人はそんな二人を不思議に思いながら、それぞれの隣に腰をおろして、話しかけることなく食事を始めた。 「あれ、楓今日はそれ食べるの?いつもだったら俺にくれるのに」 「え?あ…、えっと…今日からは食べようかなぁって…」 「へぇ。まぁ偏食よりいいことだけどねー」 「……」 「…。ねぇ楓、どうしたの?」 「へっ?な、何が?」 いつもは残し、大食いの勘右衛門か保護者の八左ヱ門に食べてもらうおかずを、珍しく口に入れていた。 味噌汁を持ったまま質問すると、心ここにあらず状態で答える。 もしかして喧嘩でもしたのかな?と思っていたが、どうやら少し違う。 勘右衛門が話しかけるたび、楓の肩が飛び跳ね、勘右衛門のほうを向こうとしない。 心なしか勘右衛門も避けているようで、身体も腰も引けていた。 「なんでもないよ!あ、私ちょっと先に行くね!」 そそくさと、何かあったのが解りやすい態度で食堂を後にしたのを見送り、勘右衛門は八左ヱ門を見た。 こちらは楓とは違い、いやに大人しかった。 「ねぇはっちゃん。楓になにしたの?」 「別になにも」 「そうは見えなかったがな」 「兵助もそう思うよな?ハチ、教えろよ」 「例え何かあったとしても、これは俺と楓の問題だから。悪いが二人に言う気はない。ごっそうさん」 身を乗り出して来た勘右衛門を見ないように、ご飯をかきこみ、目を合わせることなく食器を下げて食堂から出て行った。 勘右衛門は「何だよー」と少し怒っていたが、兵助は変わらない表情で静かにご飯を噛みながら見送る。 八左ヱ門がああ言うなら、自分たちはあまり関わるべきではない。二人で解決すればいいさ。 冷たいように見える兵助の考えだが、二人を…八左ヱ門を怒らせないための選択。 しかし、関わりたい、知りたい勘右衛門は気に食わない。 楽しいことが大好きだから、今日も楓や八左ヱ門と遊べると思ったのに、あの調子だと遊べそうにない。 自分勝手な考えではあるが、皆と笑い合いたい。だから、喧嘩をしているなら仲直りさせたいし、何かあったのならどうにかしたいと思っている。 「勘ちゃん。今回はあまり関わらないほうがいいのだ」 「ぶー…。せっかく明日皆で遊びに行こうと思ったのになぁ…」 「二人が元に戻ってからにしよう」 箸をくわえたまま机に顎を乗せ、寂しそうな表情を浮かべる勘右衛門の頭を、苦笑しながら兵助が撫でてあげた。 「(どうしよう。どうしようどうしようどうしよう!)」 食堂を先に出た楓は、俯いたまま廊下を歩いていた。 そろそろ授業が始まる時間だが、教室に向かいたくない。 教室でも八左ヱ門の隣なので、意識したくないけど、意識してしまう。 忍者が感情を顔に出すなど失格だ。 忍務のときにはそれも平気で隠すことができるのに、今回はダメだった。 八左ヱ門のことを、昨日のことを思い出すと身体中が熱くなって、恥ずかしさでこの場から消えたくなる。 「わっ」 「おっと…」 逃げようか、授業に出ようか…。 色々なことを考えながら廊下の角を曲がると、丁度人とぶつかってしまった。 後ろに転びそうになるのを、ぶつかった相手が楓の腕を掴んで阻止してくれる。 打った鼻を手で押さえながら見上げると、六年生の善法寺伊作が立っていた。 まさか不運の大魔王である伊作に助けてもらうなんて…。 言葉に出てたのか、伊作は苦笑したあと、「不運だけどドジじゃないよ」と掴んでいた楓の腕を離した。 「すみません、伊作先輩。ちょっと考えごとしてて…」 「楓が?珍しいね」 「私だって考えごとぐらいしますよ…」 「あ、そうじゃなくてね。いつもだったらすぐ竹谷に相談して、解決しちゃうだろ?」 「………」 「……もしかしてその竹谷のことで?」 勘がいいわけではなく、楓の態度が解りやすいのだ。 困ったような、恥ずかしがっているような表情で俯く楓を見て、軽く頭を叩きながら「どうしたの?」と優しく話しかけてあげる。 五年生に話すのは恥ずかしい。というか、言えない。 でも頼りになる六年生ならいいだろうか。どうしたらいいか答えをくれるだろうか…。 数秒で考え、「あの」と口を開いた。 「………」 「僕にも相談できない?」 「……なんて…言ったらいいか…」 八左ヱ門に襲われかけたわけではない。 あれは無防備だった自分が悪い。それに、あのおかげで腰の痛みを忘れられていた。 でも、「本当に食っちまうからな」と言われたことを思い出すと八左ヱ門の顔を見ることができなくなる。 これがどういう意味かなんて、この年齢になれば解る。そこまで鈍感でも、バカでもない。 忠告してくれただけなら、こんなこと言わない。腰の痛みを忘れさせるためだけに、あんなこと言わない。八左ヱ門は好きでもない相手にそんなことを言うほど、軽くない。 と言うことは、だ。 八左ヱ門は自分のことを好きなんじゃないかと、少し強引ではあるがその答えが出てきた。自惚れかもしれないから、口に出せないでいた。 「うーん、何があったか解らないけど、竹谷は楓のことを大切にしてるよ?だから喧嘩なら仲直りしたほうがいいと思うけど?」 「喧嘩じゃないんです…」 「あ、違うの?ごめんごめん。じゃあ…うーん、何だろう。あ、もしかして襲われたとか?あはは、そんなことないか!」 「……」 「え…?え、ちょっと楓!?本当に竹谷に「伊作先輩ッ!」 真っ赤になった顔で伊作の口を両手で塞ぎ、睨む。 大声を出さないでくれと目で伝えると、伊作は何度も首を縦に動かしたので、手を離す。 「う、嘘だよね…?だってあの竹谷だよ?(奥手だし、何よりここまで我慢しただけの理性があるはずなのに…)」 「ちっ違うんです。実は、かくかくしかじかで…」 「ああ、なるほど…」 「でも…、意識してしまってうまく話せないんです…。というか、勝手に私が………」 「(楓だからなぁ…。色々頑張ったんだね、竹谷)」 楓は忍びとしては、それなりに優秀だ。座学では兵助や三郎に劣るものの、上位に食いこむことができる。 実習では体力がかなり劣るため、あまりいい成績を残すことはできないが、筋が悪いわけではない。 伊作や仙蔵から間接技などを教えてもらっているため、一対一になればそれなりに戦える。 そんな優秀な忍たまだが、性格はとても温厚でそして無防備だ。 忍務のときは警戒心があるが、学園に戻るとかなり無防備になる。おまけに危機感もなくなる。 そのせいで八左ヱ門に怒られるが、仲間が自分をそういう目で見るなんて今まで考えてなかった。 だからこそ、昨晩の八左ヱ門の行動がとても恐ろしかった。 「なんか頭のごちゃごちゃして…。こんなことを考えているのも自惚れているみたいで…!」 「ねぇ楓。楓は竹谷のこと好き?」 「……好きです」 「それはどっちの意味で?」 「どっち…」 「こういうことは僕の口から言うことじゃないし、悩みの主旨からずれてるかもしれないけど、その答えが出たとき、少しは解決すると思うよ」 ニッコリと優しい笑顔で「ね?」と小首を傾げると、楓は間を置いてコクリと頷く。 「竹谷がいい奴なのは、同室である楓がよく知ってるでしょ?」 「はい…」 「少し冷静になって、自分の気持ちに整理をつけてみて。それから竹谷の気持ちもよく考えてあげて」 「解りました。……あの、ありがとうございます伊作先輩!」 「君も竹谷も可愛い後輩だからね。じゃあ僕は授業に行くよ。楓も早く向かわないとね」 「はいっ」 最後まで笑顔だった伊作だが、楓と別れたあと、中庭から飛んできたバレーボールで頭を打ちつけ、庭へと転落。丁度落とし穴があり、見事に落ちた。 楓が慌てて助けに行こうとしたが、同室の留三郎が呆れながらもやって来て、助けてあげる。 ホッと息をついたあと、授業開始の鐘が鳴り、楓は慌てて教室へと走って行った。 教室には既に八左ヱ門が席についており、楓を見たあと、すぐに視線を反らした。 その行動に胸がズキンと痛み、逃げ出したくなるのを堪え、先生に謝りながら楓も席につく。 後ろから三郎が楓の背中をつつき、「どうした?」と声をかけてくれたが、楓は笑って誤魔化す。 ギクシャクしながらも、いつも以上に授業に集中した。 → → → → ( TOPへ △ | ▽ ) |